先輩からのメッセージ
   

「必要な力」はバンコク共通

仲山 芳浩
(平10経・加藤ゼミ)


 名古屋のメーカー本社の経営企画・子会社管理部門で四年半勤務した後、今年一月より販売子会社出向という形でここタイ・バンコクに赴任しています。ここでの仕事は本社時代とは全く異なり、ある新製品のマーケティング・販売責任者として、日々「どうやったらこの製品の知名度を上げられるか?」「どうやったらタイ人(最終消費者及び販売代理店)に、この製品の良さを分かってもらえるか?」に思いを巡らせています。もちろん人生初の海外での仕事。オフィスには実質的に日本人スタッフは私一人、社長も上司も同僚も皆タイ人という、日系企業としてはやや珍しいこの環境の中で求められるのは、創造力、忍耐力、そしてバランスです。

 何千万円、何億円と予算があれば、テレビCMや雑誌、新聞を通じてまたたく間 知名度を上げることは可能でしょう。製品自体に力があれば、売上も急伸するに違いありません。ところが現実にはそれより一ケタ、二ケタ少ない予算しかなく、大規模なプロモーションは不可能。それでも売上を増やすには?…私の結論は、夢のような販売拡大は追わず、量販店に販売員を配置し、手作りのセールスキットを配布することと、同時にターゲットを思い切り絞り込んで、やや特殊な新聞に広告を載せること。そしてその効果が出始める頃を見計らって、これも広大なバンコクの中から場所を絞り込み、曜日・時間を選んだ街頭キャンペーンを仕掛け、製品の実物を人々に知らしめること、でした。

 一連の活動の予算配分に始まり、ターゲットとなる人々の行動を予測したタイミングや場所の選定、広告や配布物のデザインまで全てを自分で決めて実行します。明確な答えはありませんし、教えを乞う相手もいません。もちろんタイ人スタッフも助言はしてくれますが、最終的に頼れるのは自分の「創造力」だけです。

 またこのプロセスは同時に「忍耐力」との勝負でもあります。まずここタイは日本と同じで、オフィスを一歩出ると英語がほとんど通じません。例えば量販店の販売員のリクルートと教育は、本人たちが英語がほとんどできないのでタイ人スタッフの通訳を通して、しかも私もスタッフも英語が母国語ではありませんから、微妙なニュアンスはまず言葉では伝わりません。販売員が本当に分かってくれたかどうかは、実際に彼らが店頭に立ってお客に接するところを見るまで分かりません。広告作成や街頭プロモーションのアレンジも、広告代理店とのやり取りは同じく当社のタイ人スタッフを間に挟まねばならず、私の伝え方が悪いのかスタッフの理解度が足りないのかそれとも代理店が間違えたのか、出来上がってきたものは当初の私の意図していたものとはかけ離れていることもしばしばです。しかしここで怒っても事態は何も変わらないわけですから、時間はかかってももう一度説明してやり直してもらうしかありません。

 もちろんこのようなやり方では時間がかかるだけでなく、成果がすぐに目に見えるわけでもありません。ここでも「忍耐」が必要です。「こんなに頑張ってるのに…」と思ったら負けです。

 そして最後はバランス。これには色々な要素が含まれます。予算配分といった直 的なバランス。自分の思ったことと、周囲の意見のどちらを信じるかのバランス。目先の売上と、もっと長い目で見た将来的な市場拡大のどちらを優先するかのバランス。日本の本社から来た日本人スタッフとしての立場と、タイの販売会社の一員としての立場とのバランス、等々。特に最後の要素に関しては同じ海外駐在員なら誰でも苦労する点だと思いますが、どうしても生産サイドの立場に立ち、効率と売上を要求する本社と、現地で採用されて日本や本社の事情など何も知らない、また敢えて知る必要もない現地スタッフとの間で意見の隔たりが大きい場合があり、またどちらの言い分も分かるだけに解決するのに苦労することがしばしばあります。

 以上、私のタイでの仕事を紹介させていただきました。在学生の方のうち、どれくらいの方が将来海外で働くことになるのかは分かりません。また私の今の環境が、海外で働くにしてもやや特殊なのは承知しています。しかしここで挙げた「創造力」「忍耐力」「バランス」は、どこでどんな仕事をするにも必要なことではないでしょうか?

 「創造力」とはつまり、色々な状況の中で「自分だったらどうするか」「自分だったらこうしたい」と常に自分の意見を持ち続けることで磨かれる能力であり、教科書や先達に頼らない力でもあります。「忍耐力」はただ単に「怒らない」「諦めない」というだけではなく、もう一歩踏み込んで「なぜできなかった、通じなかったのか」「どうしたらできるのか、分かってもらえるのか」まで考えなければ進歩がありません。そして「バランス」とは、一見正しい複数の事柄から一つを選んだり落し所を探すことであり、陳腐な言葉ですが「物事・自分を常に客観的に見る」ことができねば成り立ちません。

 これらのことは全て、学校で授業に出たり本を読んだりしているだけでは身に付きません。大学で学ぶ知識や語学力は仕事をする上での貴重な「財産」ですが、財産は使う人次第ではそのまま眠っているだけだったり、下手をすれば減ることだってあります。社会人になるまでに「財産」を蓄えると共に、それをしっかり「運用」できる人材になってほしいと思います。

凌霜 358号掲載文(2003年8月)より