先輩からのメッセージ
   

一卒業生のつぶやき

岡崎 倫子
(平11法博前 弁護士)


 大阪の法律事務所に勤務して、もうすぐ三年。毎日が目まぐるしく、あっという間に時間が経ってしまった気がします。

 弁護士の仕事は(少なくとも私の場合)、本当に体力仕事です。重い記録を抱え遠方の裁判所へ行ったり、明渡しの現場に行ったり、境界争いをしている山林調査のために冬山に入っていったり…。朝から晩まで、止まっている時間はほとんどありません。土日でも打ち合わせが入ることもよくあります。正直言って、こんなにしんどい仕事だとは思っていませんでした。

 それでもなんとか続けてこられたのは、やっぱり仕事をやっていて良かったと思えるときがあるから。依頼者と一緒に話し、考え、書面のやりとりをする中で、その人の想いに共感し、一緒に怒ったり喜んだりしながら、なんとか事件の解決ができたとき、なんともいえない充実した気分になります。

 受験時代には、与えられた問題を解き、正解を探す、という作業を繰り返していただけで(それはそれでパズルを解くみたいで楽しかったのだけれど)、その背景にこんなにも人の想いというものがあるとは、考えてもみませんでした。しかし、実際の場面では、事件の背景に、納得できない、割り切れないという気持ちがあるからこそ、弁護士に相談し、事件を依頼するのです(もちろん、会社事件だと本当にお金の問題だけだったりすることもありますが)。

 弁護士は、法的なサービスを提供するのが仕事で、心理の勉強等をしているわけではありませんから、その人の生き方や考え方に対して助言することまでは、本来的には求められていないのだろうし、押し付けてしまうことは逆に無責任だとも思います。しかし、自分でない依頼者のために頑張るためには、また、依頼者の無理な主張に対し適切な助言をするためには、その人の想いを汲んで共感することができるか、という点が大切だと思うのです。そのためには、これまで自分がどのように生きてきたか、どんな人と出会い、どんなことをしてきたのか、ということがとても重要になってくると思います。そう考えると、受験勉強も大切だけど、いろんな人と付き合い、バイトやクラブをしたり、また、本を読んだり音楽を聴いたり映画を見たりする中で、喜んだり、泣いたり、つらかったり、いろんな感情を経験し、想像力を豊かにすることが大切なんじゃないかと思います。

 それから、在学生のみなさんには、自分の個性を大切にしてほしいと思います。私自身、どうも見た目に貫禄がなくて頼りなくて、こんなんで仕事できるんかいな?と思い(今でも、そう思うこともありますが)、肩肘張って仕事しようとしていた時期もありました。しかし、あるとき、法律相談で若い女性の相談者から「やさしく話をきいてくれてよかった。普通っぽくて話しやすかった」といわれて、そういうふうにも思ってもらえるんだなと感じました(まあ、それがいいかどうかは別ですが)。また、少年事件をやっていると、少年から「弁護士」ではなく「お姉さん(おばちゃん?)」と思われて、いろいろ話をしてくれることもあります。そんなことを思うと、自分自身、いまだにできていないことですが、学生のときから自分という存在に自信をもって毎日過ごしていくことも大切なんだろうと思います。

 今後、ロースクール制度が導入され、司法試験合格者の数も増え、弁護士のあり方もどんどん変わってくるのだと思います。いろんな分野に特化して仕事をする人も増えるでしょうし、企業法務的な仕事のみを行うという人も増えてくると思います。でも、突き詰めていけば、人の紛争に対して、弁護士という人が介入して手助けをするのですから、人間同士のぶつかり合いという点では変わらないのではないかと思います。そうなると、法的な知識・センスも重要ですが、人としての魅力が大切なんじゃないかなとも思います。

 在学生のみなさんの中に、将来司法試験を受けようと考えている人がいれば、まじめに勉強することも大切ですが、それと同時にいろんな経験をして自分の人生・感情を豊かにすることがひいては将来の仕事に役立つのではないかと思います。高校までと比較して、大学に入学してからの方が、自発的にさまざまなことをできる時間的ゆとりもチャンスも増えたと思います。仕事に入ってしまうと自由な時間はほとんど取れませんから、大学時代には授業や勉強だけでなくさまざまな経験をして自分を磨いてほしいと思います。

 神戸大学から魅力的・個性的な法曹がどんどん増えていくことを祈っています。

凌霜 358号掲載文(2003年8月)より