凌霜第435号 2022年10月04日

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凌霜四三五号目次

表紙写真 昭44経 森   泰 造

カット 昭34経 松 村 琭 郎

 

◆巻頭エッセー

 コロナ社会を乗り越え、次世代の大学の教育研究を考える

 ~120年前の水島銕也先生の教育理念に思いを馳せて~   藤 澤 正 人

目 次

◆母校通信   中 村   保

◆六甲台だより   行澤一人、鈴木 純、清水泰洋、村上善道

◆本部事務局だより   一般社団法人凌霜会事務局

 第11回定時総会/第4回支部代表者会議開催

 ご芳志寄附者ご芳名とお願い/事務局への寄附者ご芳名

 会費の銀行自動引き落としへの移行のお願い

◆令和4年度(第15回)社会科学特別奨励賞(凌霜賞)受賞者

◆新入会員/新入準会員

◆(公財)神戸大学六甲台後援会だより(70)

◆表紙のことば 暮れなずむ   森   泰 造

◆大学文書史料室から(44)   野 邑 理栄子

◆学園の窓

 経済学研究・雑感     橋 本 賢 一

 15年ぶりの神戸大学   原   泰 史

 動物たちのヨーロッパ刑事法史   福 田 真 希

 シニアシチズンサイエンスとしての六史会   高 槻 泰 郎

◆六甲アルムナイ・エッセー

 学生のキャリア支援   今 﨑 良 平

 サラリーマン、そして政治家   直 嶋 正 行

 人生100年の3Q半ばに思う事   田 野 美 雄

◆六甲台就職相談センターNOW 変わらないこと   和 又 真一郎

◆本と凌霜人

 『進化するブランド―オートポイエーシスと中動態の世界』   石 井 淳 蔵

◆クラス会 しんざん会、さんさん会、むしの会、神戸六七会

◆支部通信 東京、京滋、神戸

◆つどい 緑蔭クラブ、凌霜謡会、シオノギOB凌霜会、

      水霜談話会、大阪凌霜短歌会、東京凌霜俳句会、

      大阪凌霜俳句会、凌霜川柳クラブ、

      神戸大学ニュースネット委員会OB会

◆ゴルフ会 廣野如水凌霜会、芦屋凌霜KUC会、花屋敷KUC会

◆物故会員

◆国内支部連絡先

◆編集後記   行 澤 一 人

◆投稿規定

<巻頭エッセー>

コロナ社会を乗り越え、次世代の大学の教育研究を考える

~120年前の水島銕也先生の教育理念に思いを馳せて~

 

神戸大学長 藤  澤  正  人

 

 凌霜会の会員の皆様、日頃は大学の教育研究活動、運営に多大なるご支援を賜り誠にありがとうございます。

 日本は、新型コロナウイルス感染の第7波が押し寄せ、経済の回復と、感染対策両立という大きな問題を抱え、社会の動きは不透明な状況が続いています。大学においては対面授業が90%を超え、キャンパスにも活気が戻ってきましたが、コロナの変異株の出現で学内でも教職員や学生にかなりの感染者が出ています。幸い、重症者は出ておらず安堵しています。政府は、経済優先で活動制限はしない方針ですが、感染症法の改正等、早く出口戦略も考えてほしいものです。先日、英国の友達の医師とメールで話すと、コロナを気にしている様子は全くなく、「Nobody here cares anymore. Life goes on normally. I had COVID two times」という答えが返ってきました。日本と医療事情がかなり違いますが、早く従来の日常生活を取り戻したいものです。その思いもあり、学内は、できる限りの感染対策を行い、従来のように制限なく教育研究活動を維持していこうと思っています。国際教育研究活動においては、入国の緩和により徐々に留学生が戻ってきましたが、まだまだ十分とは言えません。一方、海外への学生派遣においては、希望のある学生には渡航を許可しており、少しずつ希望者が出てきています。

 

 さて、大学は、第4期中期計画・目標の6年間が始まり、さらに厳しい環境のなかで大学の発展を目指し、新たな執行部、大学の全構成員の皆様とともに学長として心血を注ぎ尽力して参りたいと存じます。

 今年、神戸大学は、1902年神戸高等商業学校創立以来120周年を迎えます。私自身は、神戸大学とともに学生時代を含めて約40年間一緒に歩んできましたが、大半は、楠地区で過ごしましたので卒業後、学長になるまで六甲台本部には会議のために来るぐらいでした。学長になって以来、凌霜会の優秀な方々を輩出してきた経済、経営、法学部のキャンパスに行くことも多くなりましたが、神戸大学の長い歴史の重みを私が見て感じとったものがふたつあります。それは、六甲台講堂と水島銕也先生の胸像です。凌霜会の方々にとっては言うまでもありませんが、1929年(昭和4年)、「神戸高等商業学校」は大学昇格を果たし、1935年に神戸港と神戸の街を一望できるすばらしい眺望を有した六甲台キャンパスに神戸商業大学学舎とともに講堂(現出光佐三記念六甲台講堂)が竣工されました。講堂は、戦後GHQの接収という時期がありましたが、難を乗り越え、2009年、神戸大学の偉大な卒業生の一人である出光佐三氏(1909年卒)が創業された出光興産などからの支援により見事に再生し、中世ロマネスク様式の重厚かつ優美な登録有形文化財となっています。また、講堂前庭には初代校長であった水島先生の胸像が立っており、先生は今も学生、教職員を優しく見守り、神戸大学の発展を願っておられるように見えます。

 最近、恩師水島銕也先生の教育方針を語った出光佐三氏についての論文が目に留まり読んでみると、そのなかに「水島銕也校長が、学生を実子のように愛情をもって育てられるのを見て、社会の中心になるような人は愛情によって育つということを教わった」と書かれてありました。皆さんもご存じの通り水島先生の教育上の施策は、家族主義であり、ゼミナールで少人数教育制度を導入されたことです。学生同士の相互啓発及び相互扶助を狙いとした組織である友団を形成し、学生への対応も細やかであったと記されています。

 もちろん、施策や愛情だけで簡単に人が育てられるものではないと思っていますが、日頃から学生や若手にはできるだけ愛情を注ぐべきものであると思っていた私が、この記事を見て120年前の水島先生の教育理念に深い共感を覚えました。120年たった今でも、人として学生にしっかりと愛情を注ぐことが人を育てる教員にとってやはり一番大事なことであると改めて思いました。後の出光氏の神戸大学への強い愛校心もこの愛情ある教育の中できっと生まれてきたものだろうと思います。愛情を注いでくれた教員を、学生は卒業後も決して忘れず、生涯の恩師として心に留めていることと思います。教育、人を育てることは非常に手間と時間がかかることですが、やはり愛情を忘れてはいけないと思います。

 論文の中に水島先生に教わった出光氏が、水島先生の教えをずっと大事にし、「愛情とは上に立つものがわがままをしないということ、わがままをしないということは指導的立場にあるものが率先して利己的態度を排し、全体の利益のために奔走することである」と述べていることが記されています。教育のみならず、様々な事業、研究においても教員と学生、教員と教員、執行部と部局との関係において上に立つものが指導者としての徳をもって倫理をわきまえ、良き信頼関係、人間関係を築くことが重要であり、このことは120年前、創立時の校長である水島先生の教えに繫がっていることであることを我々は忘れずしっかりと心に刻み、教育や研究の質を高めないといけないと思います。そして、この行動が、学内で良質な教育・研究の気風を組織内に高め、愛校心を醸成し、教育研究活動のパフォーマンスの向上にも繋がってくると思います。

 非常に残念なことではありますが、この教えに反して、愛情あふれる教育がなされるべき神戸大学のキャンパスにおいて学生への許されない重大なハラスメントが度々発生していることに、学長として大変、心を痛めています。今一度、教員のすべての皆さんがハラスメントに対する意識をしっかり高めるとともに120年前の水島先生の崇高な教育理念を思い出し、学生に対して愛情を注ぎ、学生にとって良い教育ができているだろうかを考えるときではないでしょうか。学生を自分の研究の成果をあげるための労力としてではなく、愛情をもって彼らの自主性を重んじた教育・研究指導ができているだろうか。彼らの将来を真剣に考えてあげているだろうか。

 私は、学長になったときに、神戸大学は「君に寄り添い、君とともに未来を創る」という言葉を掲げています。医学部の教授になってからも日頃から「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」(故野村克也監督)という言葉を大切にしてきました。最も大事なのは、やはり人に寄り添って人を遺すこと、次の時代、次の神戸大学を、そして日本を支えてくれる優秀な人材を育成することをしっかりと今後も心に留めて教育に取り組んでいきたいと思っています。

 

 さて、120年を迎えた神戸大学ですが、創立当初からの「学理と実際の調和」という建学の理念をしっかり継承し、この先も学問の創造と探究に取り組み、知とイノベーションを創出して、社会実装を図ることにより、産業・経済を活発にするとともに、様々な社会的課題解決に貢献し発展していかねばなりません。現在、神戸大学は、10学部15研究科を有し、恵まれた環境のなかで約16,000名の学生(学部約10,000名、大学院約6,000名)、約1,600名の教職員が学び、働く大規模総合大学です。学長として学内の潜在的な卓越した研究教育資源を効率的に活用し、地域社会を含めた異分野で、共につくる、有機的な共創研究教育基盤の強化に努め、教職員が協働して、新規性、独創性のある、そして傑出した異分野共創研究教育事業を創出、推進し、強い研究教育経営基盤を作り、改革を進めていきたいと思っています。

 このようにして大学の教育研究機能の質を高めて社会貢献していくことは最も重要なことですが、今の時代、大学においても学生・教職員が高い幸福感をもって学修や仕事をできているか、すなわちWell-beingを意識することも大切になってきていると思います。日本は、世界的に見ても安全な社会、かつ長寿を誇り健康度は非常に高いと思いますが、いざ日常における幸福度となると世界的に非常に低いことが報告されています。ある雑誌によれば企業において幸せと思っている人の創造性は、そうでない人の3倍、生産性、売上高はそれぞれ31%、37%高く、また、欠勤率、離職率はそれぞれ41%、59%低く、業務上の事故も70%少ないことが知られています。さらに、平均寿命も7.5~10年長いことなどが報告されています。

 したがって、これからは大学においても、全構成員が高い幸福感をもって学修、教育・研究や、業務を進めていくことのできる環境づくりは、大学における様々な成果や大学の発展に大きな影響を与えてくるものと思っています。120年を迎えた神戸大学、この先、教育・研究の発展・充実とともにいかに学生・教職員の幸福度を高めるかをしっかりと考えることも重要になってくると思っています。

 最後に、本年創立120周年を迎え、年末の12月25日(日)には記念式典を予定しています。凌霜会の皆様方には、引き続き神戸大学の発展に向けて大所高所からご指導・ご鞭撻ならびにご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げる次第でございます。

 

参考文献

井上真由美、玉井芳郎著「出光佐三の理念と神戸高等商業学校の教育者」

産業研究50(1)P53~69