凌霜第431号 2021年10月13日

431号_表紙_新型コロナ禍のフルート演奏会.jpgのサムネイル画像

凌霜四三一号目次

 

表紙絵 昭38営 竹 内 淳一郎

カット 昭34経 松 村 琭 郎

 

◆巻頭エッセー

 スパコン「富岳」による新型コロナ飛沫・エアロゾル感染リスク評価と対策の提案   坪 倉   誠

◆『国民経済雑誌』定期購読のご案内

目 次

◆母校通信   中 村   保

◆六甲台だより   行澤一人、鈴木 純、清水泰洋、四本健二、村上善道

◆本部事務局だより   一般社団法人凌霜会事務局

 第10回定時総会/事務局への寄附者ご芳名

◆令和3年度(第14回)社会科学特別奨励賞(凌霜賞)受賞者

◆新入会員/新入準会員

◆(公財)六甲台後援会だより(66)

 公益財団法人神戸大学六甲台後援会理事長就任にあたって   稲 垣   滋

◆大学文書史料室から(40)   野 邑 理栄子

◆表紙のことば 新型コロナ禍のフルート演奏会   竹 内 淳一郎

◆学園の窓

 久しぶりに全学共通授業科目を担当して   行 澤 一 人

 コロナ後の日本経済:財政問題について   北 野 重 人

 理論と実践は対極の概念か?   結 城   祥

 開発経済学者からみた日本社会   山 﨑 潤 一

◆凌霜ゼミナール

 神戸大学の発展とこれからの経営学   上 林 憲 雄

◆凌霜ネットワーク

 オンライン凌霜CPA会(新人歓迎会)   纐纈和雅・福岡宏之

◆六甲アルムナイエッセー

 私の「人生二毛作」   島 田   恒

 私のヨーロッパ駐在   八 木 一 法

◆六甲台就職相談センターNOW

 踏み出す勇気   浅 田 恭 正

◆学生の活動から

 七夕祭ONLINE活動報告   池 田 徹 志

◆本と凌霜人

 『災害ケースマネジメント◎ガイドブック』       津久井   進

◆クラス会 しんざん会、三四会、むしの会

◆支部通信 東京、大阪、神戸

◆つどい 緑蔭クラブ、水霜談話会、大阪凌霜短歌会、

     東京凌霜俳句会、大阪凌霜俳句会、凌霜川柳クラブ、

     神戸大学ニュースネット委員会OB会

◆ゴルフ会 廣野如水凌霜会、芦屋凌霜KUC会、花屋敷KUC会

◆追悼 津森信也君(昭38経)を悼む   青 山 徳 次

◆物故会員

◆国内支部連絡先

◆編集後記   行 澤 一 人

◆投稿規定

<巻頭エッセー>

スパコン「富岳」による新型コロナ飛沫・エアロゾル感染リスク評価と対策の提案

神戸大学大学院

システム情報学研究科教授

坪  倉     誠

 

 2019年末に中国の武漢で発生したCOVID-19(通称、新型コロナウイルス)は、瞬く間に世界中に蔓延し、我々の生活を一変させました。この未知のウイルスはどのような経路で人から人に感染し、広がっていくのか?感染初期には様々な情報が錯そうし、我々の日常生活のみならず、政治、経済を混乱に陥れました。外出制限で研究室への入室が制限されたことにより、感染リスク低減に必要な未知のウイルスに対する情報は圧倒的に不足していました。日本ではダイヤモンドプリンセス号における集団感染を始めとして、スポーツジムや屋形船、雪まつり会場といった世界的には感染初期の段階からクラスター事例が多数発生したこともあり、世界に先駆けて感染経路として飛沫感染、特に近距離での飛沫核感染のリスクと換気の重要性が認識されていました。

 我々が会話や咳等をした際に発生する飛沫は、大きなものは数百ミクロン程度から小さなものはサブミクロンまで、様々な粒径から構成されており、最も数の多い飛沫は10ミクロン程度のものになります。咳の場合は一度に一万個程度の飛沫が10m/s程度の速度で周囲に飛び散ります。この中の5ミクロン程度以下の飛沫のことを、一般的にはエアロゾルと呼びます。現在では、この比較的小さな飛沫を比較的高い濃度で吸引することによる感染が主経路と考えられています。即ち、飛沫核感染(空気感染)とはいっても、結核や麻疹のような高い感染力を持っているわけではなく、居室におけるウイルスを含んだエアロゾルの空間分布が、感染リスクを大きく左右することがこの感染症への対策の難しい点です。

 

 我々のグループは、感染初期の2020年4月に、当時試運転中であった世界最速スパコン「富岳」を用いて、このエアロゾル感染リスクの評価と感染リスク低減策の提案を目的として、活動を始めました。シミュレーションの場合、物理的に研究室に立ち入ることなく外出制限下でも通常と同様に研究活動ができることと、スパコンの能力を活用することで、膨大なテストケースに対して評価できることが大きなメリットです。プロジェクトは、神戸大学と理化学研究所が中心となり、豊橋技科大、京都工芸繊維大、東京工業大、九州大、大阪大、鹿島建設、ダイキン工業がステアリングメンバーとして参画し、課題に応じて、トヨタ自動車、日本航空、大王製紙、サントリー酒類、凸版印刷、ボーイング、ユニクロ、三菱ふそうといった企業、及び文部科学省、国交省、内閣府とも連携して進めてきました。

 この活動では、神戸大学の学生も大いに貢献してくれています。プロジェクトを開始する際に、メンバー間で意思疎通したのは、国家の非常事態に必要な科学的データをいち早く社会に届け、社会に対してエアロゾル感染の正しい理解とリスク低減のための対策の重要性を啓発することが目的であること、そのためには社会が必要とするタイミングで必要な情報をいち早く提供する必要があるということです。このような観点から、2か月から3か月に一度の頻度で、感染状況に応じてメディアに対して勉強会というのを開催し、そこでシミュレーション結果を社会に発信してきました。一般的な研究での研究成果報告を考えると考えられないような速度で、膨大なケース数に対応する必要があり、これは世界最速スパコン「富岳」があってからこそのものです。図1(カラーページに掲載)に我々が発信してきたシミュレーション結果の一部を、日本国内の新規感染者数の推移と合わせて示します。現在までに、テレビ・ラジオで350件以上、新聞で300件以上、ウェブ記事で1,400件以上、取り上げられました。現在は主軸を政策反映に移し、内閣官房とも連携してデータを提供することで、政策立案者や各種業界に対して社会経済活動の再開にあたってのガイドラインの策定や改定に寄与しています。

 国家的緊急事態の下、政府から昼夜を問わず必要とされるシミュレーションの要請があること、さらには社会的な影響の大きいテーマであるが故に、メディアで放送された後は心無い書き込み等もあり、こういったプロジェクトに学生を関わらせることの是非が問われることは重々承知しております。しかし活動を始めて1年以上が経過し、「富岳」という最先端のスパコンを活用して、我々が今まで培ってきたシミュレーション技術を活用することで、我々でしかできない研究の成果を発信することの重要性と使命感を感じてくれているように見受けられます。そういった意味では高い教育効果もあると感じています。

 

筆者略歴

 1969年奈良県生まれ、1992年3月京都大学工学部物理工学科卒業、1997年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程機械工学専攻終了、博士(工学)授与。東京工業大学、電気通信大学、北海道大学を経て現職、2012年より理研計算科学研究センター兼務。

 熱流体をはじめとする連続体の数値シミュレーション技術の研究と開発、特にスパコンを用いた大規模並列シミュレーションとその産業応用が専門。自動車工学を中心に、重工業や建築工業に広く展開。その他、スポーツを中心に生体流体力学への展開例もあり。

 日本機械学会、日本流体力学会、日本自動車技術会のフェロー、日本工学アカデミー会員。