凌霜第379号 2008年11月01日

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◆巻頭エッセー
 雑感・医療をめぐる諸問題                   河原和夫
◆六甲台だより                           吉井昌彦
◆理事長からのメッセージ
 環境変化と当面の課題について               高崎正弘
◆久研究奨学基金による留学体験            田中康秀・村山 悠
◆凌霜賞を受賞して                        関 智弘
                                    大場明香
◆学園の窓
 経済学部の三十年                       藤田誠一
 情報公開本人訴訟始末記                   馬場健一
 近年の日本の製造業の競争力について思う        伊藤宗彦
 闘争の倫理と経営                       鈴木竜太
◆リレー・随想ひろば
 ソウル合唱旅行                        小本栄一
 一九九五・冬・神戸                      松原宏明
 神戸に住んで                         森田健一郎
 理論と実務の間で                       北尾信夫
◆本と凌霜人
 「季語の楽しみ」                        前島紀夫
 「海 船 港」                          辻 雄史
 「ルポ “正社員”の若者たち」                藤本晃一

  凌霜俳壇   凌霜歌壇   凌霜詩壇

<本号掲載記事から一部抜粋>
◆雑感・医療をめぐる諸問題

         昭和55法 河 原 和 夫
       (東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 環境社会医歯学系専攻 医療政策学講座 政策科学分野教授)

医師不足、産科の休診、病院閉鎖、医療事故、医療崩壊、後期高齢者医療制度の見直しなど医療を取り巻く国民の関心は、かつてない高まりを見せている。
 私は、昭和55年に法学部を卒業後、長崎大学医学部に進学し、さらに厚生省(現厚生労働省)に入省し平成12年に現職に移った。その間、国の医療政策の策定にも関与し、今は研究者としてわが国の保健医療介護システムの研究に従事している。また、一橋大学、東京工業大学、東京外国語大学のご協力を得て開講している「医療管理・政策学大学院(夜間の修士課程)」の医療政策学コースの責任者でもある。今までの経験等をもとに医療についていささか述べてみたい。
 ご承知のようにわが国は、人類史上例を見ない速さで少子高齢化が進行している。高齢化の入り口である65歳以上の人口が全人口に占める割合が7%を超えたのは、大阪万国博覧会という世紀のイベントを挙行した昭和45年であった。問題はその後の高齢化のスピードである。2倍の14%になるまでわずか24年しか要していない。これは欧米先進国の2~4倍の速さである。つまり、わが国はほかの先進国と同等のペースで高齢社会の姿を描いていたら遅すぎるのである。
 昨今の医療問題に戻ってみよう。財源不足からの医療費を含めた社会保障費の圧縮、医師不足や地域医療の崩壊を食い止めるための医学部定員の増加、医療安全の確保と事故防止、75歳以上の高齢者を被保険者とした後期高齢者医療制度の創設、メタボリック症候群対策としての特定健診・特定保健指導の実施など目まぐるしい動きを見せている。これらは財源問題とも深く関わっている。
 社会保障費の自然増部分の2,200億円圧縮の影響は医療にもきている。診療報酬の見直し、後発医薬品の導入促進、予防による病気への進展の防止、供給者誘発需要仮説の観点から病院・病床削減を医療計画や診療報酬によって誘導し、医師数も減らして医療費を抑制しようとしてきた。ただ、供給者誘発需用仮説については近年、否定的な研究も出てきている。もちろんこの仮説が成り立つ医療分野もある。そして医療費増嵩の最大の要因として高齢者の増加を意識してきた。その結果、高齢者と医療費、財源の問題のみが骨格を形成して政策論議が行われることとなった。果たしてこれだけで良いのか。
 米国での医療費の増加要因は、高齢化などの要因より医療技術の進歩の寄与が大きいのではないかと言う意見も出てきている。現在のがん、心臓病、脳卒中などの生活習慣病に対する診断・治療技術は、光学や電子工学技術を基盤としており完成途上の技術である。しかも高コストであり医療費増大型の技術である。しかるに、かつての主たる疾患であった感染症に対する抗生物質や輸液、ワクチンといった技術は短期間のうちに完成した技術となり、大量生産ができ、かつ安価である。これらの技術は入院を不要にして職場復帰を早め、子供や青壮年の死亡率を大幅に下げるなど医療費等の社会的費用を削減する技術であった。また、私は血液事業政策も研究対象としている。先日話題になっていた血液製剤の一種であるフィブリノーゲン製剤を用いたためにC型肝炎に感染した事例や薬害エイズ事件に見られるように、血液製剤を介して輸血後の感染症に感染する事例もある。特に輸血による感染が問題になるB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、そしてエイズウイルスの血液製剤への混入を防ぐために最新の検査である核酸増幅検査(NAT)が平成11年から安全対策として導入されている。従来の検査方法でもこれら3つのウイルスが製剤に混入し輸血によって感染する確率は非常に軽減されている。しかしより一層の安全性を追求するためにNATの特許を持つロッシュ社に日本赤十字社が支払っている費用は年間80~90億円とも言われている。その一方で、この検査を導入したことにより防ぎ得た前述の3つのウイルス感染症の便益は、私の計算では直接医療費、休業損失、早世による遺失利益合わせて年間4~5千万円に過ぎない。事実、米国での赤血球製剤の価格は、安全性向上のために技術革新で導入した各種検査のコストのために20年間で約4倍になっている。事情はわが国でも同様である。最新技術は生活習慣病に対しては、治療の不確実性があるにもかかわらず高コストであり医療費を押し上げる要因でもある。
医師の労働環境を見てみよう。医師の労働環境や処遇であるが、病院の産科、小児科、麻酔科、外科系診療科に属する医師を中心に退職し、クリニックを開業するケースが報告されている。そのため医師が抜けた診療科や病院は休診や廃止され、地域医療の崩壊が叫ばれている。開業の背景には、長時間労働などの過酷な勤務条件、特に公的病院を中心に安い給与の問題がある。医師給与は世間一般の常識として高いという印象があるが必ずしも高くはない。某国立大学付属病院の42歳(妻と子供2人)の年収は330万円など高度な知識・経験を有し訴訟リスクも孕んでいる職種に対しては均衡がとれない額であろう。医療制度改革の議論の中で、医師給与や労働環境についての正面切った議論が行われていない。医師をはじめ多くの医療従事者の自己犠牲の精神により日本の医療はかろうじて成り立っていると言いたい。
 医学部の定員を増やして現在の医師の負担の軽減を図る考えだが、効果が出るのは早くても10年先である。そしてその定員の増分は現在の医学部定員(約7,800人)の1・097倍(8,560人)で、約1割の増加に過ぎない。医師がライフスタイルを変え、人並の労働時間を選択すればその増分はたちどころに消え去ってしまう。それに医学部定員増の目的は特に疲弊している病院医師の増員であるが、増分がこのターゲットに到達せずにクリニック開業などの道を選択すれば、問題の解決にはならない。
 狭義の医療、医療政策、そして医療経済などについて述べてきたが、医療問題は周辺の医療と関わる医薬品・医療機器産業などの動向や将来像を抜きにして語るわけにはいかない。国際的に巨大製薬企業が存在する中、多くの研究開発投資が必要で、世界ランキング10位以内、市場占有率5%以上が生き残ることができる条件とされているが、わが国首位の武田薬品でさえ売上高は世界ランキング15位あたりである。医療機器産業でもかつて世界最先端を走っていた内視鏡技術も諸外国の後塵を拝するようになってきた。問題はわが国の新薬や医療機器に対する承認審査の遅さと高コスト、産業政策の失敗にある。医療の質の均一化や事務処理の合理化に必要なレセプトの完全電子化、電子カルテの導入なども遅れが目立つ。韓国はいち早くレセプトの電子化を実現し、医療費分析や医療行為の標準化に対する貴重な資料を提供している。
 シンガポール、タイ、インドなど東南アジアの国々は、欧米、アラブ、そしてアジアの富裕層向けの医療サービスを提供する医療産業が勃興してきている。これはヘルス(あるいはメディカル)ツーリズムと呼ばれている。開発途上国とは言え、首都圏にある医療機関の医療水準は先進国と同等である。たとえば、米国で心臓バイパス手術を受ける場合の1/3の価格でホテル並みの病室に宿泊して先進国に伍する医療サービスを享受することが可能である。水準は高いもののわが国では医療単価が高いためにこうした国際的な医療産業は根を生やしていない。もちろん医療制度の差異のためにできない面もある。
 この誌面を借りて、徒然なるままに医療をめぐる諸問題を述べてきたが、いま一番憂うることは欧米諸国の医療制度改革にも遅れること10~20年、内閣が次々替わって抜本改革のための議論ができないことである。世代間の負担についても一部の高齢者の意見に迎合的な政党や政治家のためにまともな政策を提示できない。しかし、医療問題を語るには後期高齢者医療制度など新聞紙上を賑わしている論点だけでは不十分である。医師の処遇、医療安全、医療の質は言うに及ばず医療産業政策も含めて質の高い、深い、より広範な議論を行いつつ制度を設計していかねばならない。少しでもアカデミアの世界からお手伝いしたい。


◆理事長からのメッセージ
  環境変化と当面の課題について

                             社団法人凌霜会理事長 高  正 弘

理事長就任時に私は、当面の課題として公益法人改革への対応と、ここ2期間続いている経常収支の赤字解消の2点を挙げました。既に事務局と意見交換を始め、我々のなすべき一定の方向性は見えてきましたが、何はさておき、会員の皆様に凌霜会や大学が置かれている現状に、より理解を深め、関心を高めていただくことが、全てに優先されなければならないとの思いを強くしています。そこで初回は、大学や同窓会組織をめぐる環境変化について、出来る限り自分の言葉でお伝えしたいと思います。
1. 教育基本法の改正
   ご承知のように昨年12月教育基本法が約60年ぶりに改正され、またこれを受けて、本年7月に教育振興基本計画が策定されました。この中には、幼児教育から高等教育に至るまで、「今後10年間を通じて目指すべき教育の姿」や「今後5年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策」が要約されています。
   高等教育に関しては、国際的に競争力のある世界最高水準の卓越した教育研究拠点の形成を目指して、平成23年度までに150拠点程度を重点的に支援する方針が謳われています。今後は、既に実施されている国からの運営交付金の減額や競争的資金のウエート引き上げといった流れが更に徹底され、法人化に伴い「知の集合体」から「知の経営体」へと大きく舵が切られた大学経営をめぐって、関係者を巻き込んだ総力戦がいよいよ本番を迎えることになると理解しています。大学運営に対する第三者評価の定着も、この動きの背中を強く押すことになるでしょうし、その過程で、大学界の再編が俎上にあがることも全くの絵空事とは言えないのではないかと思っています。大学支援に向けて同窓会組織の活動強化が叫ばれ、有力各大学同窓会の活発な動きの原点がここにあると私は理解しています。
2. 公益法人改革
今年12月より新しい公益法人制度がスタートし、凌霜会も5年間の猶予期間内に法の下で、一般社団法人・公益社団法人のいずれかに衣替えすることになりますが、公益社団法人への移行は、平成8年9月の「公益法人の設立許可及び指導監督基準」において、同窓会組織等の公益性に否定的な見解が政府より示されているため、極めて難しい情勢にあると認識しています。仮に一般社団法人への移行で決着した場合、移行時の剰余金(現状約60百万円)の使途は公益目的に限定されることになりますので、上記政府見解に拘らず、同窓会関係にも剰余金を継続使用できるよう、同様の課題を抱える他大学との連携も視野に入れて、行政と交渉していかねばならないと考えています。
 その結末によっては、一般社団法人移行後の同窓会事業に対する資金的バッファーが全くなくなる事態も想定されますし、たとえ剰余金を引き続き同事業に使用することが認められたとしても、毎期の経常収支の黒字化を早期に達成しなければ、遅かれ早かれ剰余金が底をつくことになるのは明らかであります。加えて、一般社団法人への移行申請時に要求される公益目的支出計画の信頼度を高める意味からも経常収支の改善は急務であります。凌霜会の収入の大部分を占める会費収入の増強以外に我々の採り得る道はありません。ポイントは会員の増強と会費納付率の向上であります。関係者とご相談しながら具体的な手を打ってまいりますが、会員の皆様におかれましても、ぜひ「公益法人改革への対応と財務面の改善は不可分の関係にある」ことをご理解いただき、今後とも各種ご支援のほど宜しくお願い申し上げます。