凌霜第382号 2009年08月01日

ryoso382.jpg
◆巻頭エッセー
  地場産業と日本の取引制度       加護野 忠 男
◆母校通信                   田 中 康 秀
◆六甲台だより                 吉 井 昌 彦
◆理事長からのメッセージ4
  学友会のこと                高 崎 正 弘
◆学園の窓
  フランス外交断想              増 島   建
  ワシントン大学滞在雑感          金 子 由 芳
  家業と経済史と私              橋 野 知 子
  理系と文系の違い              三 古 展 弘
◆リレー・随想ひろば 
  バランス感覚                 寺 谷 五 男
  めぐりあい                  南 後   浩
  裁判員制度について            畔 柳 正 義
  四国八十八箇所遍路旅          小 寺 隆 治
  自分への挑戦                田 中 亜弥子
◆求められる法律家像            小 川 新 志
◆本と凌霜人
 「大正生まれの歌」               前 島 紀 夫
 「それでもふらんすが好き」          武 部 晃 二
 「中国貧困絶望工場」             藤 井   恵
 「『肥満解消』マーケティング」         矢羽野 睦 男

   凌霜俳壇、   凌霜歌壇

<抜粋記事>
◆地場産業と日本の取引制度

        経営学研究科教授 加護野 忠 男

 私の研究室では地域の文化や制度が経営に及ぼす影響について研究しています。もともとは大企業の国際比較研究から発展したテーマですが、文化や制度の影響がより顕著なのは地場産業ですので最近はもっぱら地場産業に注目して研究を進めています。
 最も新しい成果は、研究室のフェローの森元さんが神戸のケーキ産業について書いた本です。『洋菓子の経営学』というタイトルでプレジデント社から出版されました。森元さんは、私の大学院で修士をとった研究者ですが、博士課程在学中に結婚し、専業主婦になった人物です。私が体を壊してから私の介助をしながら研究室の手伝いをしてくれています。むかし学んだ調査の方法論をもとにして書かれた本で、神戸になぜたくさんのおいしいケーキ屋さんがあるのかという疑問に答えようとしたものです。神戸では優秀な職人が育つこと、すぐれた食材を提供してくれるメーカーや商社があること、厳しく評価してくれる顧客がいること、の三つがカギだというのが彼女の結論です。凌霜会員にとっては懐かしい神戸についての研究ですので、書店で見かけたら買って読んでください。神戸について新しい気付きがあるでしょう。このほかにも、研究室の卒業生たちと一緒に、灘をはじめとした日本の清酒産地、各地の陶磁器産地の研究にも取り組んでいます。
 国内の産地だけでなく、中国や欧州の陶磁器産地、ワイン産地との国際比較もしています。私も7月にはフランスのワイン産地の調査に出かける予定です。一人では旅行できない体になりましたので、家内について行ってもらう予定です。よく知られているように、同じフランスでも、ボルドーとブルゴーニュとでは産地の中の取引の仕組みがずいぶん違うようです。どこがどのように違うのか、それがどのような意味を持っているのか、詳しく調べてくる予定です。事前に調べたところによりますと、日本の清酒の産地以上に違いが顕著なようです。産地間の競争も熾烈です。お互いに罵りあっているという印象も受けます。上智大学の山田幸三氏は、日本との比較で英国の陶磁器産地を調査していましたが、その途中で産地を代表する会社・ウェッジウッド社がつぶれてしまいました。日本の産地でもつぶれる企業が出てきますが、日本の企業は相対に長寿です。
 地場産業は実に多様です。製品が違えば、産地の慣行が大きく異なります。同じ製品をつくっていても産地により、大きな違いがみられます。陶磁器産地では、佐賀県の有田がうまくやっていますが、美濃は中国との競争で厳しいようです。清酒では、かつて強かった灘の産地が苦労しているようです。高度成長時代に大量生産の仕組みを作ったのですが、最近は手づくりの地方産地の製品が顧客に評価されるようです。産地間に違いがあるにもかかわらず、日本の地場産業には共通の仕組みもあります。ここでは、その特徴について書きたいと思います。
 最初のもっとも明確な特徴は、産地は、取引企業間の分業と協働によって成り立っていることです。日本の産地では、工程別、機能別の分業が行われています。分業が行われているのは日本だけではありません。このような分業に伴って、企業間に複雑な取引関係が生み出されています。この取引関係に関する日本の産地の顕著な特徴は、取引関係が長期にわたって継続していることです。これは当たり前のことかもしれません。日本の産地では取引関係にある企業が、ほとんど入れ替わらないからです。しかし、この継続的関係は、当然の結果ではなく、個々の企業による意識的な選択の結果です。より品質の良い製品をより安く販売する業者が出てきたからといって、買い手はすぐにそこからの取引に替えるといったやり方は取りません。以前からの取引の継続が優先されます。新しい業者が出てきた場合も、その製品の品質がどのようにして実現されているか、その品質が今後も持続可能なものかどうかを調査・評価した後でないと、取引は開始されません。ずいぶん保守的なやり方に見えますが、同じ相手と取引を続けることにはメリットもあります。顧客が買い続けてくれるという安定性があるから、売り手は将来への投資を行うことができます。それによって顧客の要求に合わせた製品が、より効率的に生産されます。長期取引のメリットです。買い手の側も同じような投資をすることができます。垂直的な分業が行われているところでは、継続的取引は売り手にとっても買い手にとってもメリットが大きいのです。もちろん、長期継続取引には欠点もあります。買ってもらえるという保証があるため、努力を怠る業者が出てくることです。そのような業者が出てきても、すぐに取引を止めるというやり方は取られません。まず、仕事の質が落ちているよという不満が相手に伝えられます。イエローカードが出され、改善への努力が促されるのです。それでも改善が見られない場合に、新しい供給者が発掘育成されます。供給側も、どこに問題があるかを知らされますから、改善もやりやすいのです。
 長期にわたって存続している地場産業は、人材を育成するための仕組みをつくっています。言うまでもないことですが、産業は人によって支えられています。産業を成り立たせるには、2種類の人材が必要です。第一は、仕事に必要な技能をもった人材の育成です。もう一つは、経営人材です。人々をまとめて、仕事を指揮する人材です。このような人材が継続的に供給されて産業は持続できるのです。
 このような人材は学校ではなく、職場で育成されます。有田の産地では、職人の育成にも2種類の方法があります。老舗の三右衛門(柿右衛門、今右衛門、源右衛門)は、終身雇用制です。一生その窯で働き続けるという人を採用して育てます。そこで育つのはスペシャリストです。狭い分野での深い技能を持った職人が育つのです。総合的な技術は、血縁で伝承されていきます。独立は歓迎されません。それ以外の窯では、職人は独立を促されます。ジェネラリストが育ちます。自分で窯を持って、作家ものを創ることが奨励すらされます。十分な給料を払えないからです。このように育成の経路が違うために、三右衛門の技術は外に流出しないのです。このような人材育成ができるのは、雇う側も雇われる側も書かれざるルールとしての慣行をきっちり守っているからです。同じような書かれざるルールが神戸のケーキ産業にもあることを森元さんは明らかにしています。神戸は将来独立したいという人を職人候補として雇います。こうした書かれざるルールが守られるのは、ルールを守らない業者は取引関係のネットワークから排除されるからです。
 こうした地場産業の取引慣行は、経済学の教科書に書いてあるような市場取引とは異なる取引関係です。顕著なのは、価格が中心的な役割を占めないことです。それどころか、価格による競争は忌避されます。粗製乱造が起こるからです。取引制度の成立を説明する標準的な理論は、取引コスト論ですが、これは、取引相手の裏切りや欺瞞を防ぐために、コストを最小化するように取引制度ができるという視点から制度を説明しようとするものですが、日本では、取引関係者の間の信頼がいかにして醸成されるかがカギになっています。
 取引コスト論が日本では有効ではないと言いましたが、これは、日本では、だましたり裏切ったりするような取引相手が出てこないということを意味しているのではありません。日本でもそのような人はいます。日本では、そのような人を取引ネットワークから排除する仕組みがあるのです。先にも書きましたように、取引に先立って、相手の調査が綿密に行われます。これは調査というより審査といった方がよいのかもしれません。この審査をパスした業者としか取引が行われません。もちろん、この審査にパスした業者でも裏切りの危険はあります。もしそのようなことが起これば、そのような業者は取引のネットワークから排除され、産地では仕事ができなくなります。だから業界の慣行やルールが守られるのです。
筆者略歴
1947年、大阪生まれ。72年、神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。79年、米ハーバード・ビジネススクール留学。89年、経営学博士取得。経営学部長、大学院経営学研究科長を歴任。


◆理事長からのメッセージ (4)

               社団法人凌霜会理事長 高  正 弘
  学友会のこと

 青葉の季節もあっという間に去り、厳しい暑さが続く毎日ですが、会員の皆様にはお変わりなくご健勝にてお過ごしのことと存じます。
また、この間、新型インフルエンザ騒動が起こり、恒例の凌霜会総会も六甲台から三宮の神戸国際会館に場所を変更して実施するなど、少なからぬ影響がありましたが、関係者のご尽力で予定通り開催することが出来ましたことをご報告致します。
 さて、本年凌霜2月号で「六甲台講堂修復基金」へのご協力を、野上学長(当時)・新野六甲台後援会理事長と連名で呼びかけさせていただいたところ、早速多数のご賛同を賜り誠にありがとうございました。詳しくは、ご寄付いただいた皆様への学長からの「お礼の手紙」や「六甲台後援会だより」に譲りたいと思いますが、皆様方のご支援に加えて、特定企業からの大口のご寄付や、以前ご報告しました㈶六甲台後援会からの寄付などで、修復に必要とする予算を1億円程度上回る基金の目途がつき、凌霜会の団結力の強さを学内外に示せたと思っております。大学当局からは、超過額は当然のことながら他に流用することなく、将来の講堂の補修や機材等のレベルアップ用に別管理し、皆様の六甲台への思いを大切にしたいという回答を得ています。今秋の「ホームカミングデイ」は新装成った講堂で皆様をお迎えし、多くの方々のご支援に改めてお礼を申し上げたいと思います。
 ところで、今年4月の学友会会長就任を機に「学友会」についてのご質問を凌霜の皆様からお受けする場が増えています。学友会の概要につきましては神戸大学ホームページからもアクセスが可能ですので、本稿では、学友会の現状・将来について思うところをご報告し、皆様のご批判を仰ぎたいと考えます。学友会は、新制神戸大学の発足30年目に当たる1979年に、学部別同窓会相互の親睦、交流を目的としてスタートした組織で、現在は、凌霜会をはじめとする10の学部別同窓会の連合体になっており、各同窓会の代表からなる幹事会が執行機関の役割を果たしています。幹事総数37名中、凌霜会からは最多の9名の幹事を出しています。過去10年間の会の運営を概観しますと、新野前会長の下、今春ご逝去された難波副会長が常任幹事長を兼ねて長年にわたり学友会の取りまとめに尽力され、その関係で、当会の事務局は、師範学校・教育学部・発達科学部の同窓会である「紫陽会」様のお世話になって参りました。最近では、①一昨年4月に、幹事会の議論をより深めるべく常任幹事会が設置されたほか、②本年4月からは大学の企画部社会連携課が事務局を引き継ぎ、学友会と大学との連携体制が更に強化されたところであります。
 このような体制整備には、大きく分けて2つの背景があると思います。
⑴ 国立大学の法人化後、年間予算に占める競争的資金のウエートが年々高まる傾向にあり、各大学が、教育・研究の更なる高度化は言うまでもなく、従来の学部の壁を超えた連携の環のなかに新たな成果を追求するなど、改革を進め、より魅力ある大学創りにしのぎを削っています。このような状況下、各大学が改革の一環として、同窓会との連携を密にする動きを強めていることにはそれなりの説得力があるわけで、我々「神戸大学人」もこの時代環境を真正面から受け止め、現役・OBが協働のなかでそれぞれの役割を果たしていかなければならないと思っています。
経営学の大御所であり、著名な社会学者でもあったピーター・ドラッカーはその著書の中で「イノベーションを成功するには集中しなければならない。核のないイノベーションは霧散してアイデアに留まり、イノベーションには至らない」と述べています。福田新学長がご就任早々に構想を練っておられる「フラッグシップ・プロジェクト」は、大学改革に向けての象徴的な核の一つで、このプロジェクトの具体化に伴って、大学関係者・卒業生双方が果たすべき役割が少しずつ明確になってくると期待しています。
⑵ 母校の総合大学としての成熟と同窓会構成員年齢の多様化に伴って、東京・大阪を
はじめ主要支部を中心に、従来からの学部別の同窓会に加えて学友会としての活動・
会合が増えてきています。また、国内に限らず海外においても、東アジアをはじめと
して、学友会ベースの同窓会組織の組成が大学の国際化戦略の一環として進められて
おり、今年の東京での新年祝賀会の席上、当時の野上学長より、改めて学友会に対し
てこれら海外同窓会組織との連携強化についてのご要請があったところであります。
学友会の役割の広がりは時代の潮流だと思っています。
 このような環境のなかで、学友会がその期待に応えていくためには何が求められるでしょうか。学友会本部組織の強化はその一つのきっかけではありますが、大事なことは、同じ神戸大学卒業生としての一体感を高めていくための諸活動の粘り強い継続であります。毎年秋に開催される「ホームカミングデイ」や「各種対外試合」などの大学イベントへの参画・支援、学友会広報体制の充実に加えて、日常的な活動のなかで、大学と各同窓会の橋渡し役としての存在感を高めていく地道な努力の積み重ねが必要であります。無論、卒業生と直接の接点を有しない学友会の活力の原点は、構成員同窓会の組織力・活力にあることは言うまでもなく、形式的な一体化にこだわって、それぞれ長い歴史と固有の文化を有する同窓会の活力をそいでしまうようなことは避けなければなりません。その意味で、公益法人改革を見据えた凌霜会の新たな活動は、学友会の新しい流れにいささかも相反するものではなく、むしろ、凌霜会の活力強化が、今後役割が増えることが予想される学友会の対応能力向上につながることを、是非ご理解いただきたいのであります。
 学友会と各同窓会の関係を一口で表現すれば、ヨーロッパのEU方式が当面目指すべき方向であると信じています。ご承知の通りEUの原点は1951年にスタートした「欧州石炭鉄鋼共同体」で、ヨーロッパに於ける大戦という過去の不幸な歴史から学んだ平和を求める人類の知恵の産物でありますが、今や、紛争回避という当初の理念を、共同の利益追求へと一歩も二歩も前進させていることは注目に値します。EUの維持・発展の源は参加国との間の「補完性の原理の尊重」であり、「出来ることから手を付ける柔軟性」であります。我々同窓会も、個々の組織力・活力強化の一方で、この「補完性の原理」と「柔軟性」を基本に、より広範囲な理念の実現に向けて、学友会との新しい関係を模索する姿勢が求められていると考えます。
 一方学友会も、大学との連携の下、従来の緩やかな連合体から更に一歩踏み出す知恵と工夫が問われることは言うまでもありません。このことは、今後あらゆる機会を通じて関係者に強く訴えて参りたいと思っています。皆様との忌憚のない意見交換のなかから、凌霜会と学友会のあるべき将来像が浮かび上がってくることを願っています。
 次回は、いよいよ佳境に入ってくる「公益法人改革対応委員会」の近況についてお伝え出来ればと思っています。