凌霜第383号 2009年11月01日

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◆巻頭エッセー
  神戸の洋菓子が「おいしい」しくみ
   経営学研究科加護野研究室リサーチ・アシスタント  森元 伸枝
◆母校通信                             田中 康秀
◆六甲台だより                           吉井 昌彦
◆理事長からのメッセージ5
  学友会のこと(その2)                     高崎 正弘
◆学園の窓
  青天の霹靂、そして、未知との遭遇?           井上 典之
  デンマークの思い出                      金京 拓司
  10年ぶりのアメリカとカルテク                下村 研一
  アメリカへの留学                        馬   岩
◆リレー・随想ひろば
  スミス先生の思い出                      横山 藤雄
  神戸とテニスと布井良助先輩                 市山  哲
  あるボランティア活動で教えられたこと          坂本 士郎
  ボランティアは生活の一部                  橋本 直樹
  Business Personの”虎の穴”、神戸大学MBAへ     大場 規生
◆本と凌霜人
  「スピーチの仕方」
   最大効果をあげる60のコツ                 堀 ろく郎
  「アメリカ発21世紀の信用恐慌」              立脇 和夫
  「非営利組織のマネジメント」(新版)            都倉 康之
  「認め上手 人を動かす53の知恵」             森   榮

     凌霜俳壇     凌霜歌壇

<抜粋記事>
◆神戸の洋菓子が「おいしい」しくみ               
   経営学研究科加護野研究室リサーチ・アシスタント 森元 伸枝

 神戸を代表する地場産業の一つに洋菓子産業があります。神戸の洋菓子産業は1868年の神戸開港を端に発する歴史ある産業です。この約140年の間に、神戸は洋菓子の街といわれ、神戸でつくられた洋菓子は「神戸スウィーツ」として全国に知られるようになりました。「洋菓子の街」といわれる神戸は、行政区画や駅名の神戸ではありません。西は須磨・塩屋という古くからの高級別荘地があったお屋敷周辺、東は神戸の隣にある芦屋、夙川、西宮の高級住宅地が続く街並み、そうした阪神間の地域を「洋菓子の街 神戸」と言います。2008年の神戸市、芦屋市、西宮市の洋菓子店舗数は462店舗です。同規模の人口を持つ名古屋市では323店舗、1・7倍の人口を持つ横浜市の342店舗と比べても、阪神間の洋菓子店舗密度の高さは、地場産業として定着していると言えます。また、1995年の阪神・淡路大震災では洋菓子業界も甚大な被害を受けました。にもかかわらず、業界の人々は被災地に留まり、かなりの短期間で復興しました。2007年には震災前の業績を上回るまでに発展しています。
 神戸には、洋菓子職人たちを留まらせ、業界として発展させる仕組みがあります。それは、職人を育てるシステムであり、わずかな違いを目利きできる厳しい顧客や食材業者による職人の監視によるものです。
 神戸の洋菓子職人は、高品質の商品づくりを維持するために、独立を前提とした人材を雇用しています。神戸の洋菓子業界には、「神戸スウィーツ」というブランドイメージに惹かれて多くの若者が入ってきます。華やかなイメージとは異なり、工房(洋菓子をつくるところ)での初期の仕事はきつい仕事です。小麦粉や砂糖が入った袋運び(一袋20~30kg)、洗い物や掃除といった下働き、機械でも十分できる計量作業、卵割りや泡立てといった地味で単調な仕事がほとんどです。一連の仕事は、ほとんどの神戸の洋菓子工房で行われます。朝早くから夜遅くまでの長時間労働にもかかわらず、もらえる賃金は必ずしもよいとは言えません。にもかかわらず、きつい仕事に耐えることができるのは将来独立して自分の店を持つという希望があるからです。同時に仕事への意欲も高めています。独立したいという思いが仕事に真剣さをもたらします。その結果、技術や技能の習得が早くなるのです。しかし、親方からすれば独立志望者を雇い、彼らを育成し、優れた職人へと育てることに成功することは、強力な競争相手を生み出すことになります。適度な競争は産業そのものを活性化しますが、過度な競争は同業者間で疲弊を伴い産業の活力が奪われることもあります。神戸の洋菓子業界において過度な競争を制御する重要な役割を果たしてきたのが、二つの書かれざるルールです。一つは、親方と同じ商品をつくらないこと、二つ目は、世話になった親方の近くで開業しないことです。
 親方は弟子が独立した際、自分と同じ商品をつくらせない代わりに、できる限り多くの修業機会を与えてやります。コンテストや海外研修などにも積極的に参加させます。また、自分だけでなく他店の職人のもとで修業することも許容・奨励しています。親方と同じ商品をつくらないというルールは、親方からすれば安心して弟子を育てることができます。安心して育成できるので、質の高い菓子づくりの秘伝を伝承することができるのです。また、同じものをつくらせないというルールは、弟子に商品のイノベーションを要求することになります。イノベーションを果たすことができれば、業界として発展することができるのです。
 もう一つの世話になった親方の近くで開業しないというルールは、親方弟子両者にとって重要です。よく似た技術や技能を持った同業者が近隣で開業すると、価格競争やお客さんの奪い合いという悪い競争が起こる危険性があるからです。そこで神戸の洋菓子業界では、職人同士が適切な距離を保ちながら開業させています。
 神戸の洋菓子業界には同業者からも実力があると認められるリーダー的存在の職人が多く輩出されています。彼ら実力のある職人は、開業初期において苦労したと思える場所に店舗があります。彼らがそうした場所で開業したのは、競争制御システムとしての排除の論理が働いたためと考えられます。実力があると見なされた職人は、既存の職人にとって脅威です。そこで「辺境」へと追いやられたのでしょう。しかし、このような排除がプラスの効用を生み出すことを見越してのことです。辺境へと追いやられた職人は、大きなイノベーションを促すという効用です。辺境でお客さんを集めるには、容易に集客できる中心部の店よりも一層魅力的な商品や店舗づくりをしなければいけないからです。
 神戸の洋菓子職人は、弟子をうまく育成し、多くの職人を再生産しています。その結果、「神戸は洋菓子の街」とメディアにも取り上げられるほどたくさんの洋菓子店舗が集積しているのです。これを可能にしているのは、神戸の洋菓子業界が二つの矛盾したことをうまくやりぬくことができたからです。一つは、伝統的な技術を伝承しながらも、新しい商品づくりを行って時代の変化に対応してきたこと。もう一つは、技術を伝承する職人の間に適度な競争を維持しながらも、それが過剰な競争にならないよう制御してきたことです。これらの矛盾を克服するために、神戸の洋菓子職人たちには書かれざるルールがあるのです。しかし、こうしたルールは不文律です。守らなくても法的に罰せられることはありません。にもかかわらず、神戸の洋菓子業界の中で遵守されているのは、顧客や食材業者などの取引相手が重要な役割を果たしているのです。
 顧客は、神戸の洋菓子を継続的に購入する地元のお客さんです。彼らのセンスは、古くから阪神間に住む富裕層から受け継いだものです。彼らは、繊細な味にこだわる厳しい舌を持ち、わずかな違いを目利きします。自分たちの生活環境や文化を豊かにするために、価値があると評価すれば、どんどん取り入れる進取の精神を宿しているのです。高品質のものを求めますが、ただ高品質であればよいというわけではありません。それが適正価格でなければ受け入れません。神戸のケーキの適正価格は1カットせいぜい500円前後です。顧客はその500円のケーキで職人を評価します。味や見た目はもちろんのこと、職人の独創性や心意気まで評価します。誠心誠意、真剣に取り組んでいる職人に対しては、それを評価し、顧客となって応えます。しかし、親方と同じものを真似るなど、自分たちの期待を裏切ったと判断した場合は、決して購入しません。顧客を満足させる商品づくりができなければ、神戸の洋菓子職人として生き残れないのです。
また、食材業者も職人を監視するという点で重要な役割を果たしています。業者は、不文律を犯した職人との取引は行いません。不文律を犯した職人と取引をしてしまえば、すでに取引をしている親方をはじめ親方中心の職人ネットワークとの取引ができなくなってしまうからです。しかし、単に職人が不文律を犯していないかということを見ているだけではありません。さまざまな店の情報を詳しく知ることで、業界の動向についての情報を提供するという役割も果たしています。また、食材業者は、優れた職人と協働して新しい食材の開発や発掘を行います。親方を中心とした職人仲間が食材を買ってくれるからこそ、より良い食材の開発や開拓の投資ができるのです。
 こうした独創性を発揮する職人を育成する仕組み、書かれざるルールの存在と顧客や食材業者による監視によって、神戸の洋菓子業界は裾野を広げ、ブランドイメージの向上につながっています。機会があれば、ぜひ神戸スウィーツを味わってください。

筆者略歴
1964年生まれ。神戸市出身。神戸海星女子学院英文科卒。職務経験後、神戸大学経営学研究科修士課程修了、現在に至る。著書に「洋菓子の経営学」。


◆理事長からのメッセージ 5
     学友会のこと(その2)
                 社団法人凌霜会理事長 高  正 弘

 秋も深まり、凌霜会会員の皆様には益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。この「凌霜383号」が皆様のお手元に届く頃には、第4回「ホームカミングデイ」が、新装成った六甲台講堂で、大変な盛り上がりのうちに終わっていることでしょう。
 さて、前号以降、政治の世界では大きな変化がありましたが、どのような政治環境になろうとも、天然資源の乏しいわが国が、地球規模で諸々の一体化が進む中で活力を維持していくためには、人的資源の充実が永遠の課題であることは誰しも異論のないところです。事実、選挙を前にして各紙も、人づくりに向けた「明日への大胆な投資」を盛んに訴えていました。わが国はOECD加盟国の中で、公的な教育関係支出のGDP比率が最低の部類に属することにはじまって、大学の国際化を思い切って進めるべきであるとか、国立大学法人に対する運営費交付金の毎年の削減は限界にある、競争的資金配分のウエートを高めるに当たっては各大学の特性を活かすものでなければならない、などなどその指摘は多岐にわたっていました。新しい内閣においても、このような指摘に謙虚に耳を傾け、わが国の将来に誤りなきを期して欲しいものです。
 前号で学友会の概要を皆様にお伝えしましたが、その後多くの方からご感想やご意見を頂戴し、関心の高さを実感したところです。そこで前号に続いて、学友会の最近の動きや当面の課題などについて報告させていただきます。
 8月4日、学友会常任幹事会が六甲台本部内で開催され、今後のあるべき姿について真剣な議論が交わされましたが、最大のポイントは、大学及び同窓会をめぐる環境変化を踏まえて、学友会の意思決定ルールを、よりすっきりしたものに改善してはどうかというものです。要約すれば、現在の学友会会則及び同細則において、「重要事項に関しては、幹事会で内定の上、各同窓会に諮り、最終決定する」と定められているものを、常任幹事会での事前調整、意見交換をしっかりと行った上で、幹事会を最終決定の場にしようというものです。現在の会則等が定められた背景には、歴史・形態の異なる同窓会を包含する学友会の宿命ともいえるものがあるわけですが、常任幹事会の設置や、事務局の大学組織へのシフトによって、事前の準備や意見交換が従来以上に迅速に行えるようになったことを踏まえて、今回の改正が提案された次第です。
 率直に言って、幹事会メンバーの中には、幹事会の決定と所属同窓会の意向との狭間で苦労することを懸念される向きもありますが、今春より導入された、より透明性の高い役員選挙制度に加えて、幹事会の決議ルールを明確にすることによって、理解を得たいと思っています。即ち、単位同窓会の連合体である「学友会」はその性格上、前回も述べたように、「補完性の原理」と「柔軟性」をその理念として運用されなければならないことは当然で、それを具体的に意思決定の場に下ろすと、案件によっては、特定の単位同窓会の意見集約が難しく、一部同窓会の不参加を是認するといったケースを想定しておく必要があろうと考えています。この柔軟性を基本に、決めるべきものは幹事会で結論を出すという実績を積み重ねていくことが、学友会の組織力・存在感を高めることに繋がると信じています。このような運営体制を構築して初めて、大学や育友会との協働関係を深めることが可能になると同時に、最近、海外及び地方において活動が活発化している学友会各支部との内容のある交流が実現すると思っています。
 ここ1年間に、東京・大阪地区の会合はいうまでもなく、三重県支部(津市)の新年祝賀会や「岡山学友会」創立総会にも参加する機会がありましたが、岡山の場合を例にとると、出席者の学部別(院を含む)内訳は、経済10名、経営13名、法12名、工27名、文2名、理3名、教育・発達科学8名、医3名、海事科学3名となっており、とても特定の同窓会だけでは対応しきれない構成員の広がりでした。また、8月3日に学友会大阪クラブ・大阪凌霜クラブで行われた「留学生を励ます会」には、国際文化学研究科6名、海事科学研究科4名、経営学研究科・国際文化学部各3名、人文学研究科・法学研究科各2名、工学研究科・文学部各1名と、幅広い学部生・院生の出席がありました。このような経験を通じて、学友会運営体制の整備を急がなければならないとの思いを一層強くしたところです。片や、大学当局との協働に関しては、「大学は学友会に何を期待するのか。学友会が大学に寄せる希望は何か」といったことについての、率直な意見交換の場を設営することからスタートしたいと考えています。
 これら改革を、スピード感をもって実現する上で、学友会幹事会に最多9名の代表を送っている凌霜会の活力・組織力の維持・強化が不可欠です。今、別途委員の方々に議論していただいている「公益法人改革への対応」の成否が、この成り行きを決めることになることは間違いありません。委員の皆さんには、一汗も二汗も流していただかなければなりませんが、同時に、会員の皆様の委員各位に対するご協力・ご支援をお願いし、本稿を終わります。