凌霜第392号 2012年01月30日

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凌霜三九二号目次

◆巻頭エッセー ギリシャ危機に見るユーロの試練       藤田誠一
◆母校通信                               田中康秀
◆六甲台だより                             吉井昌彦
◆理事長からのメッセージ14
 「新しい凌霜会への歩み(その8)」                 高﨑正弘
◆学園の窓
 大学の規則や規約から見えてくるもの              窪田充見
 学者の評価                              内田浩史
 間違ったTPP論争                          宮際計行
 イギリス入院体験記                         岩壷健太郎
◆凌霜ゼミナール神戸大学統合研究拠点について       武田 廣
◆大学文書史料室から(1)                     野邑理栄子
◆ 凌霜俳壇  凌霜歌壇
◆学生の活動から 1、2年生とOBの交流会 2011      日下愛理
◆六甲台就職情報センター NOW 心に火をつける      新井慶介
◆日本私法学会第75回大会                      齋藤 修
◆凌霜ブランド                              小松敬一良
◆表紙のことば  神戸港にて                    松村琭郎
◆リレー・随想ひろば
 畏友に囲まれて                             佐々木 毅
 「IT時代」の言葉                            宗 正誼
 テニスと私                                藤川幸久
 終わりが始まり~MBAを終えて                  岩下広信
◆本と凌霜人
 「神様の女房」                             濵田ひとみ
 「グレーター真野のちから」                      松下義治
◆「凌霜ビジネス」ヘッドライン                     柿  聰
◆神戸大学ニュースネット委員会OB会
◆追悼
  徳末謙二大先輩の思い出                     中力将光
  山本幸雄君を偲んで                         東郷芳三
  三木正明君六甲山中にて逝く                   山下純明


<抜粋記事>
◆巻頭エッセー

 ギリシャ危機に見るユーロの試練
           経済学研究科教授 藤  田  誠  一
 リーマン・ショックから1年経った2009年秋、新たな金融危機の目が発生した。震源地はユーロ圏の小国ギリシャ(GDPはユーロ圏の3%弱)だった。政権交代の結果、前政権が公表していた財政赤字のGDP比4%台が偽りで、実は約13%という巨額になることが判明したのである。ギリシャ国債の格付けは低下し、ドイツ国債とのスプレッドは急拡大した。危機は同様に財政赤字を抱えるアイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリア(これらをPIIGS諸国と呼ぶ)に伝播し、2011年11月には、フランス、オーストリアなどトリプルA国にも影響が及び、ついには「最後の砦」ドイツ国債の大幅な札割れという事態にまで至り、欧州発世界金融危機が懸念されている。
 しかし、現在のユーロの危機はリーマン・ショックやギリシャ危機によって突然引き起こされたものではなく、ユーロ導入後少しずつ進行していた構造的な問題が一挙に露呈したと考えるべきである。

 ユーロとその成果
 欧州で通貨統合の試みが始まったのは、1970年の「ウェルナー報告」であった。この計画はニクソン・ショック、第1次石油危機とその後の域内インフレ率格差のため断念せざるを得なかったが、1979年創設のEMS(欧州通貨制度)の成功を経て、1999年に共通通貨ユーロが導入された。
 ユーロを支える金融政策と財政政策は、単一金融政策と統合されない財政政策と特徴づけられる。ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)は第1木曜日に開かれる政策理事会で金融政策を決定する。その際、参考にされるのは各国の個別の経済状況ではなくユーロ圏平均の経済データであり、すべての国に適用される単一の政策金利が決められる。このためドイツ(約30%)とフランス(約20%)の経済状況は、金融政策の決定に大きな影響を及ぼすことになる。
 一方財政政策については、EU財政の規模はEUのGDPの1%強で、基本的に各国にその主権が残されている。ただし、安定成長協定(SGP)により単年度の財政赤字を3%以内に抑えることが要求されている。この協定は財政赤字が将来のインフレにつながることを懸念したドイツの主張により導入され制裁措置も予定されていたが、皮肉にも2002年から3年間3%以上の財政赤字を計上したドイツとフランスが協定の適用に強く抵抗し、実質上骨抜きの状態になってしまった。そのため、ギリシャが2001年に加盟した際にも数字を偽っていたことが後に発覚した時も問題とされることはなかった。
 欧州委員会は2008年2月にEMU@10(経済通貨同盟10年の成果と挑戦)という350ページからなる報告書の中で、ユーロ10年の成果を自画自賛した。成果としてあげられたのは、①インフレ率の低下、②財政赤字の削減、③域内貿易と域内直接投資の増加、④リスクプレミアムの低下による金利の低下、⑤金融・資本市場の統合、⑥ユーロの国際的役割の拡大、⑦雇用の増加であった。しかし、これらの成果の裏でユーロ圏内の地域間の不均衡(リージョナル・インバランス)が拡大していたのである。

 ユーロとリージョナル・インバランス
 ユーロ導入に当たって、各国はマーストリヒト条約に規定された経済収斂条件を満たすことが求められた。それは、インフレ率と長期金利のドイツ並みの低水準への収斂、単年度の財政赤字及び債務残高に関する制限、為替相場の安定であった。現在問題となっているPIIGS諸国も、ユーロ参加に向けて経済収斂を達成したのである。しかし、ユーロ導入後ユーロ圏の経済状況は2極分化することになる。
 ユーロの導入は、ユーロ圏内の貿易・資本取引を拡大した。特に、ドイツなどの域内先進国から、成長の余地を残す周辺国への資本移動が活発化した。また周辺国ではユーロ圏に入ることで低金利という恩恵に浴すことになり、資本流入とあわせて高い経済成長を実現することが出来た。しかし、このプロセスはやがて物価や成長率の格差をもたらし、経常収支の大きな不均衡を生みだした。リージョナル・インバランス問題である。
 リージョナル・インバランスは、次のような要因により引き起こされた。第1に、PIIGS諸国に流入した資本は国内の投資や消費を刺激し経常収支赤字を拡大する。一方、資本輸出国はこれらの国々に対する輸出を拡大した。第2に、ECBが決定する単一金利はドイツやフランスにとっては高すぎるが、PIIGS諸国にとっては低すぎるため、これら諸国の景気拡大とインフレを助長することになった。第3に、PIIGS諸国におけるインフレの結果、実質金利はマイナスとなりバブルを発生させる要因となった。第4に、ユーロの導入で為替相場は消滅したが、高インフレ国では実質為替相場(物価の動きを反映した為替相場)が割高となり競争力が失われた。特に、単位労働コスト(名目賃金÷労働生産性)の動きを見ると、この10年間でドイツでは一定か若干低下しているのに対し、南欧諸国では30%程上昇した。

 リーマン・ショックとギリシャ危機
 2008年秋のリーマン・ショックは、ユーロ圏の金融システムの構造的な弱さを露呈することになった。ユーロ圏の銀行は、世界的な競争の中でサブプライム関連商品のビジネスに深く関与し、自国通貨でないドルでのビジネスを行うためにインターバンク市場やスワップ取引でドルを調達する必要があった。リーマン・ショック直後にLIBOR(ロンドン銀行間市場金利)が急騰したのは、ドルの調達が困難になったことの表れであり、FRBを中心とするドル供給のためのスワップが実施された。また、リーマン・ショックをきっかけに、ユーロ圏における金融監督の欠陥が明らかとなり、マクロ、ミクロの両面から金融機関を監督する2つの機関が設立された。
 リーマン・ショック後の不況対策として大規模な財政支出を行ったため、各国の財政赤字は拡大した。ギリシャでデフォルトのリスクが高まる中、ユーロ圏ではようやく2010年5月に1、100億ユーロのギリシャ支援を決定した。この支援にはIMFがトロイカの一つとして参加しているが、これはIMFなしではギリシャに対して政策を強制できないというユーロ圏のガバナンスの弱点を露呈させたといえる。さらに、翌6月にはIMF、EFSM(欧州金融安定化メカニズム)、EFSF(欧州金融安定ファシリティ)からなる7、500億ユーロの「金融安定メカニズム」が構築され、アイルランドとポルトガルへの金融支援にはこの枠組みが利用された。
 ギリシャ、アイルランド、ポルトガルはいずれもユーロ圏のGDPの3%未満の小国であるが、危機がスペイン、イタリアに波及した場合にはこれらの枠組みでは資金が不足することから、EFSFの規模と機能の拡充が課題となっている。また、問題国の国債を保有している欧州の銀行では、財政危機が金融危機に波及するのを防ぐため資本増強が強く求められている。2011年10月末のEU首脳会議では、ギリシャへの1、300億ユーロの第二次支援の承認とギリシャ国債を保有する金融機関の50%の債務減免、金融機関の狭義の中核的自己資本比率9%への引き上げ、レバレッジを利用したEFSFの拡充からなる「包括策」が合意されたが、その詳細については3月の首脳会議に持ち越された。

 ユーロ存続のために
 ギリシャやドイツのユーロからの離脱の可能性がまことしやかに囁かれる中、ユーロを存続させるためには何が必要であろうか。現在の金融不安を除去するための当面の処方箋と、財政危機やリージョナル・インバランスを再発させないための取り組みに分けて考える必要があろう。短期的な方策としては、EFSFの規模と機能の拡充、欧州版IMFであるESM(欧州安定メカニズム)の早期設置、ECBによる問題国国債購入の拡大などが挙げられる。
長期的には、安定成長協定の厳格化、各国予算の事前審査、経常収支などのマクロ経済不均衡を監視するルールなどからなる経済ガバナンスの強化、さらにはユーロ圏の財政の一体化が視野に入ると考えられる。これらの改革には基本条約の改正が必要となるため時間を要するが、ユーロを「完全な通貨」とするためには是非とも必要な取り組みであろう。ヴァンロンブイ大統領やバローゾ委員長が提案しているユーロ圏共同債については、ドイツが主張するように財政統合が前提であり、まだ先の課題と考えられる。
筆者略歴
1956年、京都市生まれ。神戸大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士前期課程修了。神戸大学経済学部助手、講師、助教授を経て、現職。専門は国際金融論、貨幣論。


◆理事長からのメッセージ 14
 「新しい凌霜会への歩み(その8)」
            社団法人凌霜会理事長 高 﨑 正 弘
  季節の移り変わりは早いもので、この会誌が皆さまのお手元に届く頃には暦の上では立春を迎え、寒気の中にも早春の訪れを感じさせる時間が少しずつ長くなっていることと思います。凌霜会諸兄姉におかれましても、節電モードのなか、お元気に厳しい寒さを乗り切られ、春の訪れを心待ちにされている昨今と拝察致します。

 新法人移行認可のゴールを目指して
 さて、ご承知の通り、公益法人制度の抜本的改定が行われ、平成20年12月1日に関連する法律が施行されました。これを受けて、既存の約2万4千の社団法人及び財団法人が、平成25年11月末までに新しい制度に対応した新法人への移行を目指すこととなりました。
 凌霜会は、前号までにお知らせしてきました通り、その対応策について平成20年10月から約3年に亘って慎重に検討及び準備を進めて参りましたが、この完了を受けて、昨年10月26日、内閣総理大臣宛ての一般社団法人移行認可申請を電子メールにて行いました。11月に入り、内閣府より申請書類の一部を修正する必要がある旨の指摘を受け、これにも迅速かつ適正に対応し、現在は内閣府の公益認定等委員会で認可に向けての最終作業を進めていただいていると理解しています。
 内閣府公益認定等委員会事務局発信の「公益認定等委員会だより」によりますと、凌霜会同様、特例民法法人(既存の社団法人及び財団法人の法令上の呼称)から一般法人への移行を希望する法人の申請状況は、少し時点は古いですが昨年11月30日現在、申請数1、074件、うち、審査中573件、答申済み465件、取下げ36件となっています。凌霜会はこの時点では審査中に該当しているのではないかと推測していますが、未だ申請に至っていない法人も多く、我々の準備・対応作業の進捗状況は早い部類に入るのではないかと思っています。
 ちなみに、既に新しい法人に移行された公益財団法人六甲台後援会に類する法人の申請状況は、申請件数1、521件、うち、審査中558件、答申済み879件、取下げ84件となっています。こちらも他の法人に比べて順調な移行完了となっており、移行作業に携わられた関係者のご尽力が見事に結実した結果となっています。
 なお、当局においては、公益法人制度改革が滞りなく順調に進展するよう、一般法人への移行認可や公益法人認定に向けての事前相談と併せて、審査期間の短縮や認可取得日の希望聴取など、きめ細かい支援体制を敷いていただいており、当局の指導に沿って申請を行いました凌霜会は、当初の希望通り、移行期限まで約1年半を残して3月中~下旬の認可取得、4月1日の移行登記申請が視野に入ってきました。ただ、移行事務に携わっていただいている関係者の皆さんには、全てが完結するまでは気を緩めることなく事の進展を見守り、緊張感をもってあらゆる事態に備えていただくようお願いしています。

 新法人のスムーズな運営に向けて
 凌霜会にとって一般社団法人への移行は、定款の改定を含めて創設以来100年に1度の法人組織の大改革であります。従いまして、この移行認可の進捗状況を横眼で睨みながら、4月以降の新しい法人のスムーズな運営に向けて、組織、人事、運営体制などを固め、移行後最初の理事会・総会(代議員会)開催に備える必要があると考えています。現在のところまだ私案の段階で、その構想をご披露することは叶いませんが、3月に予定されている現法人最後の理事会でお諮りし、大筋についてご了解を得、新法人移行後最初の理事会・総会にて追認を得たいと考えています。
 新しい構想のポイントは、事務局の企画機能を強化するための事務局支援態勢、継続的な会員増強対策、公益目的支出の確実な実施対策、正式に凌霜会の従たる事務所として登記を予定している東京・大阪両支部と当該地区同窓会クラブとの連携強化策、公益財団法人六甲台後援会との連携策などであります。新しい法人への移行を契機として、会誌「凌霜」のありようなどについても議論を深めて参りたいと考えており、次回の5月号では、これら課題への施策の大枠についてご報告出来るのではないかと思っています。
 また、移行後出来る限り早い時期に、各地の支部会合に出席させていただき、約3年間に亘る移行作業について直接ご報告出来ればと願っています。また、新しい法人への移行の前後を問わず、会員の皆さまには引き続きこれまで以上のご理解、ご支援を何とぞ宜しくお願い申し上げます。
 春まだ浅き日が続きます。ご自愛の上、お健やかな毎日をお過ごし下さい。