凌霜第394号 2012年07月31日

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凌霜三九四号目次

◆巻頭エッセー  日本経済再生の処方箋はあるのか          團 野 廣 一
◆母校通信                                   田 中 康 秀
◆六甲台だより                                 吉 井 昌 彦
◆(公財)六甲台後援会だより(29)       (公財)神戸大学六甲台後援会事務局
◆学園の窓
 世相を映し出す鏡としての会社法                     行 澤 一 人
 プロヴァンス滞在記                              勇 上 和 史
 在外研究の思い出                              堀 口 真 司
 現場感覚と研究                                川 岸   伸
◆大学文書史料室から(3)                          野 邑 理栄子
◆凌霜俳壇  凌霜歌壇
◆学生の活動から
 平成23年度 経済・経営・法学部謝恩会                  加 藤 佳 成
 平成24年度 凌霜会準会員歓迎の集い                 山 東 初 穂
 国際摸擬商事仲裁大会に参加して                    森 田 愛 理
◆六甲台就職情報センター NOW
 準会員(学生)の皆さんに願うこと                      濵 田 豊 機
◆表紙のことば 「夕景、運河沿いの家並み」イタリア雑談       野 口 順 一
◆リレー・随想ひろば
 一身にして三生を生きる 昭和の語部                  松 下 義 治
 家族法改正に特別養子制度の見直しも                 小 松 満貴子
 神道の考え方のススメ                            田 中 從 之
 ニュージーランド駐在                            長 尾 孝 彦
 神大留学が培った私のキャリアパス               KHEM VANSOK
◆支部通信 東京、大阪、三重県、神戸、宮崎、熊本
◆東京六甲クラブ、大阪凌霜クラブ決算書
◆メルマガ「凌霜ビジネス」ヘッドライン                    柿     聰
◆神戸大学ニュースネット委員会OB会


〈抜粋記事〉
◆巻頭エッセー
   日本経済再生の処方箋はあるのか
                    昭31営 團  野  廣  一
                    (元㈱三菱総合研究所代表取締役副社長)
 私が神戸大学を卒業して三菱重工業(三菱造船)に入社した1956年度から73年度までの17年間、日本経済は年平均9・1%(実質)の高度成長を記録した。74年にオイル・ショックでマイナス成長に落ち込むが、それでも90年までの16年間は年平均4・2%の安定成長を続けた。
 私共が、がむしゃらに働いたのは、こうした成長環境の下でのことであった。寝食を忘れて長時間働いた結果、年々企業の業績は上がり個人の生活も良くなった。企業は社業を通じて社会に貢献できたし、余裕をもって戦略的に研究開発や市場開拓に取り組むことができた。国際競争力の評価では最も権威のあるスイスのIMDは、92年まで日本を第1位としていた。事実、日本企業は、家電製品や自動車は無論のこと、プラントビジネスでも価格・品質性能・工期において抜群の強さを誇っていた。私の勤めていた三菱重工業でも、東南アジア市場を重視しながらも更なる市場拡大を求めて、米国メーカーの庭である中南米の商談に挑戦し、オイル・マネーが集まる中東諸国に攻め込んだ。日中国交回復後は中国市場に取り組んだ。そして、それなりの成果を挙げることができたのであった。
 ところがバブル崩壊後は、日本経済は極端な低成長に陥り、91年度から2010年度の19年間の平均成長率はわずか0・9%であった。その上、11年には3・11災害が起こりマイナス成長になった。「失われた20年」と言われるゆえんである。
 日本の低成長が長期化した背景として三つの要因が議論された。①米国の金融危機に端を発する世界経済不況、②わが国の政治の不安定と改革の先送り、③成長戦略の不足、特にグローバル化の遅れ、の三つである。
 ①の世界経済不況については、金融暴走すなわちカネがモノの取引と関係なく金利差・為替差と地域差・時間差を求めて動きまわった結果、世界の金融資産が世界のGDPの3・5倍になったと言われる。しかも、カネの動きはIT商品化されて制御不能のかたちでグローバルに動いた。実はシュンペーター、ガルブレイス、ドラッカーらの賢明な学者達は、早くからこうした金融の一人歩きに警鐘を鳴らしていた。しかし、米国政府は彼らの警告を受け容れず、1930年の恐慌対策として制定されたグラススティーガル法の柱を次々と崩し、金利の上限を外し、国際取引の規制を廃し、銀行・保険会社の証券業務を解禁する。さらに軍事IT技術を民間に開放して過剰流動性を加速する。政府が経済活性化のために積極的にかかる政策を進めたのであって、いわば政府は確信犯であった。そして、それがサブプライム・ローン問題―リーマン・ショックにつながる。米国の購買力低下が対米輸出に大きく依存する欧州やアジアの経済にマイナスの影響を及ぼすことになる。日本経済も海外の経済に大きく左右される状況にある。かくして日本は、元凶の米国より低い成長で推移してきたのである。
 ②の日本の政治状況については、多言を要さないが、政界が政策ではなく政局で争い、首相が短期間に6人も代わり、有効な政策が打ち出せない。特に財政赤字の悪化、人口減少・高齢化に伴う諸問題などに対する政策が全て先送りされてきた。東日本大震災後の復旧復興への対応も迅速に進まない。こうした状況からの脱皮には、政治のリーダーシップが求められるが、政治は機能不全に陥り、明らかに経済の足を引っ張っている。
 ③の成長戦略であるが、特に新興国が台頭して世界は激変しつつあるのに、わが国はそれをフォローできない。WTOの多国間協定では日本は推進役を果たせない、二国間FTA/EPA交渉には遅ればせながら取り組んだが、肝心の米国・中国・韓国・豪州・EUとの合意は進まない。わが国の求める自由化水準85~88%(実績)では、これらの国の自由化率97~100%の要求水準に合致しない。内なるグローバル化も一向に進捗しない。外国人登録者数は人口比1・5%にすぎず(欧州諸国5%以上)、留学生受け入れ数も2・6%と低い(OECD平均7・3%)。こんな状況であるから、日本の国際的ポジションは低落の一途を辿っている。前述のIMDは、企業が競争力を発現できる環境として323の指標を収集して標準偏差値を計算しているが、日本は1996年までは世界で5位までに留まっていた。ところが2008年には58カ国中16位、10年には59カ国中27位に落ちてしまった。
 グローバル化とは、「地球は一つ」のコンセプトであるが、国々は依然として存続するから、他国と十分に意思疎通し、相手国の社会文化を理解し、そして協業の精神で共存を図っていくことが求められるが、こうした3C(Communication, Cross-cultural Understanding and Collaboration)の対応には後れを取っていると言わざるを得ない。
 わが国はこのような状況にあり、課題は山積している。余程の大鉈を振るって大改革を断行しない限り、「収縮の20年」を終わらせることはできない。経済成長など不要と考える人がいるが、成長がなければ国は赤字を解消できず、思い切った政策が打てない。企業は研究開発などの先行投資に取り組む資力を欠く。世の中は流転しており、止まることは退くことを意味する。
 では、わが国はどのようにして活路を拓くことができるのか。私には中長期的・総合的かつ本質的な視点から、そのような提言をするだけの知見はない。いくつかのポイント・アット・イッシューについて問題提起して皆さんの見解を問うこととしたい。
 まず、国際経済の分野では金融暴走の後遺症が残っている。金融サービスの自由主義を堅持しながら、どこまで監視・制御の仕組みが構築できるであろうか。欧州のソヴリン・リスク問題では、単一通貨圏成立には各国間の経済実態の収斂度が大であるか、格差があっても中央に所得再配分のメカニズムが必要ということが示された。二国間のFTAが乱立する一方、多国間WTO協定交渉は一向に進捗せず膠着状態にある。G2・G8からG20時代になり、パックス・コンソールティスになると国際協調は難しい。そんな中で世界経済の活性化を如何にして実現できるのであろうか。
 次に、わが国の政治の健全化である。無党派層が半数近くになり、政党政治に対する不信感は高まるばかりである。国民一人ひとりが政治改革に強い関心を持つべきであろうし、産業界は政経分離などと言って政治を避けてきたことを反省すべきであろう。学界も、国会議員数の大幅削減を含む議会制度・仕組みの再構築につき物申すべきであろう。現在、政治主導により早急に大鉈を振るうべきテーマは、災害復興の加速、新エネルギー政策、円高・デフレと金融政策をはじめとして、財政規律と成長の両立、少子高齢化・人口オーナス、高福祉高負担・間接税傾斜の税制、規制改革と新技術の開発、イノベーションと雇用創出、労働参加率と労働生産性、日米安全保障体制の見直し、高等教育機関の充実、農業の抜本改革等々、まさに枚挙にいとまがない。今の国会議員に自浄作用が期待できないなら、政界再編しかないのであろうか。
 また、人口減少国の内需の伸びには限度がある。成長を目指すには世界市場を視野に入れた、少なくともアジア大(アジアの規模で考える)の市場戦略の展開が求められる。わが国は、世界人口の4割を占め成長性の高いアジアの中に位置するから、地政学的に極めて優位にある。この利点を活かすことができないのであろうか。
 私共神戸大学の卒業生は、母校のユニークな飛躍的発展に強い期待を抱いている。卒業生は世直しのために一層尽力する必要があるが、実学重視の神戸大学の研究陣も課題の解決実践につながる研究成果を陸続と発表してほしい。産業界は焦燥感をもってグローバル化に取り組んでいるが、大学も、より多くの外国人教員を招聘するなどにより、グローバルに活躍できる人材の育成に力を入れてほしい。創立110周年式典で福田学長が力強く宣言されたとおり、「ビジョン2015」を着実に実現していただきたい。

筆者略歴
1933年大連市生まれ。56年神戸大学経営学部卒業。同年三菱造船㈱入社。88年三菱重工業㈱取締役。93年㈱三菱総合研究所専務取締役。96年同社代表取締役副社長。2003年同社退社。現在、一般社団法人 凌霜会相談役、公益社団法人 国際日本語普及協会理事、グリーンアーム㈱非常勤取締役ほか。