凌霜第402号 2014年07月31日

ryoso402.jpg凌霜四〇二号目次

◆巻頭エッセー グローバル金融危機を振り返る  渡 部 賢 一

◆母校通信                   正 司 健 一

◆六甲台だより                 鈴 木 一 水

◆凌霜俳壇  凌霜歌壇

◆本部事務局だより          一般社団法人凌霜会事務局

 通常理事会で平成25年度事業報告及び決算書類など承認/第3回定時総会/

 臨時理事会で理事長、副理事長、常務理事を選出/「終身会費納入制度」「口

 座自動引き落とし」などのお知らせ/ご芳志寄附者ご芳名/事務局への寄附

 者ご芳名

 一般社団法人凌霜会決算書

 新入会員/新入準会員

◆(公財)六甲台後援会だより(37

                    (公財)神戸大学六甲台後援会事務局

◆水島銕也先生生誕150年記念事業「神戸大学in中津」ご報告

                              稲 垣 滋

◆学園の窓

  ロチェスター大学と水谷一雄         西 村 和 雄

  ハンガリーで出会った真の「グローバル人材」      伊 藤 哲 雄

  「グローバル人材とは?」          関 根 由 紀

  企業と社会の架け橋「お客様対応部門」の紹介 馬 場 新 一

◆凌霜ゼミナール 近赤外分光による水分子の

           動態からみた非破壊分析法     ツェンコヴァ ルミャナ

◆大学文書史料室から(11)           野 邑 理栄子

◆学生の活動から

  25年度謝恩会を終えて            松 瀬 由佳里

  平成26年度 凌霜新入準会員歓迎の集い    樋 口 みづほ

  Ph.D.Cafe              青 木   慶

◆六甲台就職情報センター NOW

  この一年の就職相談活動を振り返って      大 樫 徹 男

◆「国家戦略特区」                絹 巻 康 史

◆表紙のことば紙ふうせんのある静物        松 重 君 予

◆リレー・随想ひろば

  生 協 人 生                髙 村   勣

  六甲台卒業後56年間のビジネス生活を終えて   渡 辺 喜 一

  西ドイツ時代の思い出             中 岡 則 雄

  アフリカの水                 根 岸 精 一

  中国派遣を終えて               戸 田 有 亮

◆会誌「凌霜」発行月変更のお知らせ

◆編集後記                    鈴 木 一 水

<抜粋記事>

◆巻頭エッセー

グローバル金融危機を振り返る

       ~実務家の観点から~

               昭50経 渡  部  賢  一

             (元野村ホールディングス㈱CEO)

 

これまでの金融危機とは異なる気味悪さ

 

 私は従来から定期的にニューヨークやロンドンを訪れていたが、2007年の訪問は、サブプライムやモノラインの話題ばかりだったことを鮮明に記憶している。2000年代半ばから米国のサブプライム・ローンをもとにした商品が世界中の投資家の間で活況を呈していたが、「SPV」「Zクラス」「CDS」「IO・PO」などと、一般には理解が困難な商品が拡がる様に違和感を覚えた。米国発商品への過剰な投資が崇り、大西洋対岸のドイツで2007年7月に中堅銀行IKBに問題発生、同8月にはBNPパリバが短期ファンドの解約を凍結、9月には英国ノーザンロックで取り付け騒ぎが発生するに至った。そして、翌年3月全米5位の投資銀行ベア・スターンズの突然死とJPモルガンによる買収。かつての日本のバブル崩壊時はその処方箋の選択と実施に時間を要したが、ノンバンク融資など問題の所在は見えていた。しかし今次の危機はまるで足の見えないお化けのようで、不気味さはより大きく感じられた。

 

世界の金融市場に不安と疑心暗鬼が蠢く中、社長に就任

 

 社長就任後、グループの危機へのエクスポージャーの減少と同時に、アジア・ロシア危機対処の経験から、長期資金と資本の拡充に努めた。日本は、日銀を含む金融・財務当局はかなりの程度、システミックリスクへの制度手当てを終えており、欧米よりも対応がしっかりしていた。加えて、IMFへの追加出資やバイラテラルでのスワップ協定を通じたアジア各国への金融支援など、日本は危機対応にかなりの貢献をしたと思われるが、欧米では評価されることが少ないのは残念である。

 そして、2008年9月にリーマンショックが起きた。想定外の米国政府の対応もあり、MMFからの大量資金流出など金融市場の流動性が一挙に枯渇した。金融機関、事業会社への資金融通も凍りつき、世界中でCashKingとの言葉が聞かれた。ポールソン氏やガイトナー氏の回顧録なども含め、この時の判断については色々な評もあるが、こうした中、野村ホールディングスは旧リーマン・ブラザーズのアジアと欧州の事業を入手し、グローバル化への機会を得た。

 

グローバルな金融批判と規制強化

 

 米国を震源とする金融危機はグローバルな金融危機、さらに経済危機へと発展したが、世界各国は狭小な保護主義に陥ることなく対応への協調が保たれたことには救われる思いがした。一方、国際的な危機対応の場は従来のG7から新興国を含めたG20に移り、危機以降毎年開催されるG20は一躍国際的な注目行事になった。私は、今回の危機の後にレバレッジの解消にアジアは3年、米国は5年、欧州は10年を要すると見ていた。日本については不幸な震災・津波などのために結果として5年を要したが、それ以外はほぼ当初の見立て通りとなった。

 欧米では、税金が金融機関に投入されたことへの批判から、単なる当局間の情報交換の場であった「金融安定化フォーラム」が「金融安定理事会(FSB)」に強化拡大され、金融機関の規制改革が議論され始めた。米国や欧州の議会でも、金融機関が救済される一方で経済危機で社会全体の失業者が増加し、所得格差が拡大していることが非難され、ドッド・フランク法案など様々な規制強化案が出てきた。2009年のロンドンG20での大規模なデモの発生、2011年の「ウォール街を占拠せよ」の世界各地への拡大といった社会的反発も規制強化をさらに後押しした。一方、規制当局のあり方についても各国で議論が起こり、英国では労働党政権時代に作られた金融サービス機構(FSA)が解体され、米国ではシステミックリスクを監視する金融安定監督評議会(FSOC)が設置された。しかし金融当局が複数ある非効率の問題を解決する抜本的な再編には至っていない。EUでは加盟各国から欧州委員会への権限シフトが議論されているが、部分的に留まればより複雑な規制体系を生み出す可能性すらある。民主主義の下では議会や政府はどうしても世論の影響を受け、近視眼的な対応に流されやすい。金融を単なる一業界として見るのではなく、経済成長や社会への便益に配慮し、産業への資金・資本供給という重要な役割を十分に担わせるという、より大きな視点での改革論議が期待される。

 

根源的な解決にはデレバレッジが必須

 

 金融機関に対する規制強化は昨年から本格的な実施段階を迎えつつあり、金融機関のビジネスモデルに大きく影響を及ぼす状況となってきている。自己資本や流動性に対する規制強化、ボルカールールやその欧州版の業務規制、店頭デリバティブ規制など、個々の規制自体が複雑なうえ規制同士が相互に連関しているため、全体が及ぼす影響の予測は困難であると言わざるを得まい。

 不動産を含む広義の金融の歴史は、経済成長を大きくオーバーシュートするレバレッジの拡大とその崩壊の繰り返しである。今回の危機の前には、銀行資産の対GDP比は、2007年までの5年間で、例えばアイルランドで400ポイント、英国では142ポイント増加した。実は80年代後半の日本のバブル経済期では42ポイントの増加に過ぎなかった。また、今回の金融危機の震源である米国では同比率は33ポイントの増加と相対的にレバレッジの拡大は小さかったことに加え、早めのストレステストの実施と大胆な公的支援などが功を奏して金融と経済は早期に復活を果たした。一方、欧州は公的支援の初動こそ早かったもののその後は中央銀行による時間稼ぎに頼るのみで、日本のバブル崩壊後の状況と重なって見える。足元で欧州のディスインフレが懸念される一因でもある。

 先述のように、リーマンショックが大恐慌という最悪の状況にまで至らなかったのは、G20の枠組みが活用され各国各地域が保護主義に陥るのを極力防げたことが大きい。依然として状況が不安定な欧州においても、ユーロ圏の銀行監督と破綻処理を統一するという通貨ユーロ導入に匹敵する経済通貨同盟の前進が見られる。世界経済への影響を強める中国においては、理財商品など非伝統的金融を利用したレバレッジの拡大が懸念されたものの、当局による秩序だった整理が進められようとしている。

 

金融危機は終焉したのか

 

 世界経済は先進国を中心に徐々に回復してきているが、国際経済を支える米国の復活はまたしても住宅や自動車によるところが大きく、日本の景気回復もいまだに財政出動に依存しているとの意見もある。欧州も二番底から脱したばかりで景気に力強さがなく、新興国では構造改革の進展が一部で政局混乱を招いている状況にある。一方、インターネットが情報の自由化や民主化を促すのと反比例するように人々の視野が狭小化し、ナショナリズムが高まるという懸念も強まっている。国境を巡る紛争など伝統的地政学リスクも東西南北で高まっている。そして何よりも懸念されるのは若者の失業率の高さであり、少子高齢化に伴う年金や医療の問題とも絡んで、多くの国で社会の安定性を根幹から揺さぶる可能性がある。

 金融はブーム・アンド・バストを繰り返すのが必然である。危機の終焉と思いきや、振り返ってみると、実は次の危機へのリスクが積み上がる時期でもあったりする。社会に対する金融の功罪を判断するのは実に難しい。一方で、社会の進歩については、ITの発展、新薬医療技術の進展、代替エネルギーの開発、新たな交通手段の発明、新たな国家運営体制の構築など、比較的容易に実感できる。こうした身近な社会の進歩にいかに貢献していけるのかが金融の真髄であろう。日本でも、アベノミクスが正念場を迎えている今、社会及び経済の構造改革において金融の果たすべき役割は決して小さくはない。

 

筆者略歴

1952年神戸市生まれ。75年神戸大学経済学部卒業後、同年野村證券㈱入社。2008年野村ホールディングスグループCEO就任。12年退任し現在、常任顧問、㈱野村資本市場研究所理事長。